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戦前戦後と今の果物の缶詰



                  果実・雑感(2)

               ☆戦前戦後と今の果物の缶詰

 昨年秋の入院の続きの話になるが、柔らかいものやジュースは自由に食べても飲んでもいいという許可を医師から得たとき、家内に頼んだ、洋ナシの缶詰を買ってきてくれと。小さいころの私が一番好きだったからである。早速家内が買ってきた。
 相変わらず細長い缶詰だった。いいことに今は缶切りはいらない(今の若い人たちは缶切りを知っているだろうか)。プルタブが上の蓋についていてそれを引っ張ると蓋が丸くきれいに切れて取れる。改めて便利な社会になったものだと思いながら蓋を開けた。
 本当にしばらくぶりだったが、缶詰に口をつけ、昔のようにまずシロップを一口、口に含んだ。うまかった、甘かった、冷たかった、喉が喜んでいた。
 続いて実だ。四分の一に切られた細長い実をフォークで刺し、口に入れる。とろけるような柔らかさ、しっかりと味わってお腹に入れる。喉、食道を冷たい実が通って行く。これまた何ともいえない。
 そのときしみじみ感じた、もう一度果物の缶詰を見直そうと。

 退院後、生協ストアで缶詰のコーナーを探してみた。あった、魚などの缶詰とともに果物の缶詰もたくさん並んでいた。ただかつてのように表舞台には出ていない。乾物などのコーナーの一つにあまり目立つこともなくひっそりと並んでいる。でも、かつて私の食べた果物の缶詰はほとんどそろっている。もちろん缶の表面は違っていた。もう何年と食べなくなっていたから当然のことなのだが。でもなつかしかった。
 まず目に飛び込むのが洋ナシの缶詰である。飛び込むというよりは私が好きだからまず目につくのだろう。先にも言ったが相変わらず缶詰はみんな縦長で大きい。洋ナシは他の果実より大きく、長細いのだから、それを生かそうとすれば当然そうなるのだが、食べがいがあった。これを一缶、自分だけで独占して食べたい、そんな風に子どものころは思ったものだった。

 次に好きだったのがモモの缶詰である。昔と同じく白桃、黄桃の二種類の缶詰が並んでいた。私は白桃の方が好きだった。黄桃よりもやわらかいからである。何という品種を使っているのかだが、前回述べたように大久保という品種(白桃系)だけ覚えている。今もそれを使っているのだろうか。いずれにせよ加工用品種であろう。
 大久保は生食では固くて甘味も少なく、まずかった。ただし家内はそうしたかじって食べるような固いモモが好きだという。モモの産地ではない家内の実家の地域では小さいころ輸送可能な固いモモしか食べられなかったからなのだろう。熟した甘いやわらかいモモ(水密と言っていた)を食べたことのある私には家内のいうことがいまだに理解できない。
 それはそれとしてこの固いモモが缶詰にすると何ともうまくなる。前にも言ったがシロップがいい。
 黄桃については品種の記憶がない。生果で食べた記憶もない。固くて甘味が少ないので生果としてほとんど流通しなかったということからなのだろう。なお、最近の缶詰用の黄桃はほとんど中国産とのことである。

 それに次ぐのがミカンの缶詰である。これは関東以南から来るのだろうが、果実の缶詰の詰め合わせと言うと必ずミカンがあった。粒が多く、食べるのに時間がかかるので、ゆっくり楽しめるし、食べがいがあった。しかし、ちょっと酸っぱいのが難点である。ミカンだから当然なのだが、そのようにシロップが味付けされているのだろう。家内は缶詰のなかでミカンが一番好きだったという。
 こんなことを書いているうちに、ふと思い出したことがある。70年代だったと思うのだが、ミカンの缶詰製造を山形の缶詰工場が一部引き受けるというニュースを見た記憶である。秋の果物の缶詰が終わると山形の缶詰工場はひまになってしまうが、その期間を利用して西南のミカン産地からミカンを移送し、その缶詰をつくるというである。季節的に遊休する機械施設の合理的利用ということで面白いことを考えたものだと思ったものだったが、今はどうなっているだろうか。

 次に多く並んでいたのがパイナップルの缶詰である(註)。ドーナッツ型の珍しい形の果肉、しかもヤシの木のある熱帯からくるもの、小さいころのあこがれではあったが、ちょっと酸っぱいのが難点、とくに好きではなかった。
 生協の棚にあった缶詰をいっしょに見ていた家内がこんなことを言った。幼いころ(戦前)はパイナップルの缶詰しか食べたことがない、他の果物の缶詰は食べた記憶がないと。同じ年代なのに、しかもパイナップルは植民地だった台湾からの移入で安いとはいえそれなりに高価だったはずなのになぜなのだろうか
 これは次のようなことからだろう。家内の実家のある地帯は和梨以外商品としての果樹生産はほとんどなく、もちろん缶詰工場もなく、しかも小さな町なので、果物の缶詰がそれほど売られていなかった、それで国産果実の缶詰を食べた記憶は薄いのではなかろうか。一方、幼いころ内孫のいない本家の祖父母が引き取って甘やかして育てた家内に相対的に高価なパイナップルの缶詰を買い与えてやろうとしたことが何回かあり、それが記憶となって残っているのではなかろうか。もちろんこれは推測でしかないが。
 私も戦前パイナップルの缶詰を食べたことはある。もちろん生果の現物を見たことがない。絵や写真、缶詰のラベルで見るだけである。それと缶詰の中に入っているものはかなり違う。ひまわりの黄色い花の真ん中の黒い種の部分をそっくりドーナツ形にくりぬいたようなもの、どうしてこんな形になるのかあのころは不思議に思ったものだった。
 そんな幼いころの記憶が残っているが、やがて戦争、当然食べられなくなった。そうなって幾星霜、もうパイナップル缶の味も忘れた頃、「あこがれのハワイ航路」で常夏の島に行ってパイナップルを食べるのが日本人の夢になった頃、60年代後半になってからではなかったろうか、パイナップルの缶詰を店頭で見かけるようになった。そしてこれが缶詰の盛り籠の前面にどんと飾られるようになった。食べてみたかった。相対的に高価だったからなおのことだった。
 いつ頃だったろうか、しばらくぶりで食べた。ちょっとがっかりした。酸っぱすぎる。もちろん甘いが、甘すぎでもある。生で本物を食べたらさっぱりした甘さなのかもしれない。これまたいつか食べたみたいと思っていた。
 やがて生果のパイナップルも店頭に並ぶようになり、メロンなどとともに生果の盛り篭に盛られるようになった。いつだったろうか、まともにパイナップルを食べたのは。記憶にないが、缶詰の味とはまるっきり違っていた。酸っぱさも甘さもうすく、繊維が固く、あまりうまいとは思わなかった。ちょっとがっかりした。
 それを見直したのは、石垣島でのパイナップル農家の調査のときである。生まれて初めて聞く栽培のしかた、本当に興味深かったが、さらに印象的だったのはおやつに出してくれたとりたての完熟したパイナップルのおいしさだった。改めて見直した。いうまでもなく缶詰の濃厚な味とはまったく違っていた。それはパイナップルだけではなかった。

 缶詰の果物の味は本物の生の果物の味とはまるっきり違う。まず缶詰の方が何倍も甘い。人工的にシロップで味をつけている。といってもみんな同じ味ではない。果実の種類によりその味を違えている。それぞれの果実のイメージにあうような独自の味をつけてある。実際とはまるっきり違うのだが、それでもやはりうまい。実際の果実と缶詰の果実は違うものだと思って食べればいいだけ、私などはそう思って食べてきたし、今もそう思って食べている。
 しかし、サクランボだけはだめだった。これは瓶詰が多かったが、うまいと思ったことは一度もない。もとの味、食感のひとかけらも残っていない。表皮は実際の色とはまったく異なる真っ赤な色に染められているのが、ガラス瓶を通して見える。あまり食べたいとは思わない色である。そもそもサクランボはまず果皮の色を楽しむものなのだが、あの人工的な真っ赤な色ではとても食べる気にはならない。それでも味が似ているなら、歯触り舌触りが似ているならまだがまんできるが、まるっきり違う。
 にもかかわらず、みつ豆やフルーツポンチなどによく一粒か二粒入っている。サクランボのあのかわいい形と赤い色が飾りとしていいからなのだろう。しかし私は必ずそのサクランボは食べずに残してしまう。サクランボ好きでもったいながり屋の私もさすがにこれだけはだめだった。これはサクランボのイメージを低下させるものでしかない。何とか缶詰のしかたを考えてもらいたいものだ。

 それはそれとして、こうした果物の缶詰や瓶詰はさきに述べたように80年代以降あまり見られなくなってきた。同時に缶詰工場も少なくなった。加工用の果物を栽培する農家も減ってきた。どれだけどう減ったかなど調べたわけでもないので正確にはわからないが。もちろん製菓用、料理用など業務用の果物の缶詰はかなり製造されているようであり、それに対応して、また労力の均等化を図るために、加工用のモモやバートレットを一部栽培している農家があるだけのようである。
 これも時代の流れなどと嘆くつもりはなく、本当においしい生果を供給できるようになったこと、その味を堪能できるようになったことは喜ばしいことと評価すべきであろう。
 しかし、やはり缶詰もうまい。違ったうまさだ。しかも私などにとってはなつかしい。山形や福島の缶詰加工場もあってほしい。伝統は絶やしてもらいたくないものである。
 とはいっても、あれだけ食べたかったのに、退院後洋ナシとモモの缶詰を一缶ずつ食べただけで満足、それ以後食べていない。これで缶詰の存続発展を願うのは矛盾しているが、やはり生果にはかなわない。

 ところで、こうしてなつかしく缶詰の並ぶ棚を眺めているうちふと気が付いたことがある。生果でわれわれが慣れ親しんでいるリンゴ、和梨、ブドウ、柿の缶詰がないことだ。ただし、リンゴの缶詰はかなり以前に見たことがある。しかしこの棚にはなかった。なぜなのだろうか。

(註)
 一般に果物とは樹木になる食用の実のみを指すので、多年草であるパイナップルの実は果物ではないということになるが、農林水産省は多年性植物の食用果実を果物と広く定義しているので、ここではこの定義を用い、パイナップルも果物に入れて述べることにする。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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