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ウコギ・タラノキ・コシアブラ



                木の芽と「山菜」(2)

              ☆ウコギ・タラノキ・コシアブラ

 ウコギ、山形内陸人にはアケビ以上になじみの深いものである。
 前にも述べたが、4月末から5月の初めに新芽・若葉を摘み、それをさっとゆでて細かく刻み、焼いた味噌で和え、それをご飯にかけて食べるのである(註1)。白いご飯に春を告げる鮮やかな緑の葉、そのなかにちょっぴり見える味噌の茶色、この色だけでも食欲をそそるが、ウコギのほろ苦さ・甘さと焼き味噌の塩味、ご飯の甘味、まさに絶品である。ご飯にかけずにそのままおかずにしたり、酒のつまみにしてもよい。子どもにとってもごちそうだ。苦みがあるといってもアケビの芽の苦さとは格段の差、子どももおいしく食べられる。改めて春の到来を感じさせられるのもいい。味噌和えだけでなく炊き込みご飯にしたりもする。成葉になると苦く硬くなるが、そのうちの柔らかいものを摘んでてんぷらにしたりもする。これもうまい。
 きっと動物も喜んで食べるのではなかろうか。それを防ぐためだろう、枝にバラのような鋭いトゲがたくさん生えている。おかげで人間さまは食べられるのだが、大変でもある。芽を摘む時にかなり気をつけないと指先にトゲが刺さり、「イテッ」ということになる。このトゲがあることから武士は敵を防ぐためにウコギを生垣にしたという言い伝えが米沢市にあるが、目隠し用としても食用としても役に立つことから生垣にしている家がたくさんある。

 私の幼いころは祖母が近くに生えている野生のウコギの木から摘んできたようだが、戦後は家の前の畑のすみに1本植え、それから採って食べるようになった。私が仙台で暮らすようになって春の連休に生家に帰るのを母はウコギの芽を摘んで待っていてくれる。私たちが好きなのを知っているからだ。早速家内はそれを味噌和えにし、みんなで春の味を、私は故郷の味を味わったものだった。
 なお、宮城県南生まれの家内はウコギが近くにあったことは知っていたが、食べた記憶はないという。ということは仙台でも植えれば育つはずではないか。そこで生家のウコギを根分けしてわが家の裏庭の垣根のところに植えてみた。当然順調に育ち、毎年何度か採って食べ、春を満喫している。
 調べてみたら、このウコギの芽・若葉は全国的に食べられているようである。しかし、八百屋でも売っているなどというのは山形だけではないだろうか。

 春、赤味がかった淡緑色の太い芽が開いて顔を出したみずみずしい幼葉、タラノキの芽いわゆるタラの芽を祖母がどこからかもらって天ぷらにする。タラの芽のほのかな苦みと柔らかな食感が、天ぷらの衣と付け醤油にうまく合わさり、苦味の苦手な子どもも喜んで食べ、家族みんなで春を実感する。また、お浸しや和え物にしたり、塩蔵して冬などに食べたりもする。
 しかし、夏もうまい。山形の旧山寺村の山の奥に嫁に行った母方の叔母が、タラの「芽」というよりはすでに開いた20㌢前後の葉をたくさん持ってきてくれた。山奥の日陰のタラの木、暑くなって慌てて芽を出し、葉を伸ばしたばかりのようで、本当に柔らかい。早速天ぷらにしてごちそうになった。苦みもそれほどきつくない。春先と違って大きいので食べがいもある。固くなどまったくない。タラの芽は山菜の王様とも言われているようだが、本当にそう言いたくなったものだった。

 仙台市の南隣の名取市、その西部の山中に農協学園宮城(農協役職員の研修施設)が設置されたのは1975年ころではなかったろうか、そこでの講義を頼まれて毎週一回通っていたころの話である。5月の連休前後だったと思う、帰り際ふと敷地わきの木々をみたら、何とタラノキがあるではないか。近くに寄ってみたらうまそうなタラの芽が出ている。学園の女子職員に断って採らせてもらおうと思ったら、彼女は言う、それはトゲのあるタラの芽だから食べられないよと。しかし私にとってはタラノキ・タラの芽にはトゲがあるものと考えているのでいや大丈夫とたくさん採り、家に帰って天ぷらにして食べた。うまかった。それが私の初めてのタラの芽採りだったが、同時にタラノキにとげの多い品種と少ない品種があることを知ったのも初めてだった(なお、今店頭に出ているタラの芽つまり栽培種はとげの少ないメダラと呼ばれている品種なのだそうである)。
 その後、春先に山歩きをしたときたまにタラノキを見つけ、数個採って食べたことはあったが、本格的に採ったのは網走に行ってからだった。
 前にも述べたが、私の第二の職場東京農大オホーツクキャンパスの裏にかなり広い雑木林がある。1960年ころまでそこには何戸かの開拓農家がおり、畑も広がっていたようだが、そこも今はうっそうとした林になっている。行ったばかりの年の春、キャンパスの西側にある醸造実験施設(大学では国内で初めて認可されたビール醸造の設備がある)の前を歩いていたら施設の隣にタラノキらしい木がある。まちがいない。少し林の中に入っていくと離農家の畑の跡地らしい日当りのいい笹地や今はほとんど使われていない旧道道のまわりにとくに生えている。みんなに聞いたら間違いなくタラノキだ、ある研究室では教職員学生みんなで採りに行って天ぷらにし、タラの芽パーティを開いたりしているところもあるという。それで翌年の春、早速入って採って食べたが、なぜか毎年タラノキが減るので、2年でやめてしまつた。私が退職するころはかなり減っていたが、採り過ぎではなかろうか。
 行って4年目くらいではなかったろうか、山菜取りの好きな同僚のTKさんに連れられて屈斜路・摩周湖に行く途中の藻琴山の麓に行き、たくさんのタラノ芽を採らせてもらい、夕方わが借家に来る予定だった研究室の学生にご馳走して喜ばれたことがあったが、林道わきで枯れたタラノキをたくさん見かけた。
 タラの芽の採り方の常識を知らない人たちが芽を残さないで全部取ってしまったからだろう。ぜひとも山菜採りの常識、マナーを守ってもらいたいものだ。

 話はもとに戻る、さきほどタラの芽は山菜の王様だと言ったが、そう言ったら怒る人がいたと家内が言う。山形の寒河江出身のK子さんだ。コシアブラの新芽こそ山菜の王様だというのである。そんな名前は聞いたことがない、もちろん食べたこともないと仲間のみんなが言ったら、わざわざ近くの山に行って採ってきて、てんぷらにしてごちそうしてくれたと家内は笑う。
 同じ山形県人だが、食べるのはもちろん、名前を聞くのも私は初めてだった。調べてみたら全国的に食べられているらしい。
 その話を聞いてから何年かして山村の直売所に行ったときに売っていたのを買ってきててんぷらにして食べた。たしかにうまかった。タラの芽の味にも似ている。でもやはりタラの芽の方が私にはうまく感じられた。
 コシアブラにはウコギやタラの木のようにトゲが生えていないと言うが、このことは動物はウコギやタラの芽の方がうまいと感じていること、それで食べられることから身を守るためにトゲを生やしていることを示しており、やはり私はタラの芽が山菜の王様だと思っている。春先に店で売られているタラの芽は施設栽培なので、ちょっと味がうすいような気がするが。
 なお、タラの芽は山菜の王様でコシアブラは山菜の女王様であるという人もいるようである。しかし、ウコギ・タラノキ・コシアブラは同じセリ目ウコギ科に属しているので、近親で王様と女王様の夫婦というわけにはいかない。またそんなことを言ったら除外されたウコギは怒るだろう。ということからすると、ウコギとコシアブラは山菜の王様タラの芽の兄弟、「ウコギ三兄弟」ということにした方がいいと思うのだが、どうだろうか。
 ところで、驚くなかれ、ウドもウコギ科である。しかしウドは草本植物、したがって木の芽としての兄弟には入れないことにする。なお、ウドについてはまた後で述べる。

 こんなことを前に何度か本稿に登場してもらった古い居酒屋で後輩の畜産研究者KT君と飲んで話していたら、釣りや山菜、狩猟等に詳しいそこの亭主Aさんが次のようなことを教えてくれた。
 タラノキは水をたくさん吸うのでそのわきに植林すると苗が枯れてしまう、しかもタラノキは植林をするために伐採して日当りのよくなったところによく生える、それで営林署の職員に嫌われ、真っ先に伐採されてしまうのだと。私は食という面からしかタラノキを考えたことはなかったが、住=育林の面から見ると邪魔者だなどとはまったく知らなかった。
 さらに次のようなことも教えてくれた、タラノキは水分をたくさん含んでいるので非常に柔らかく、幹の上の方などを思いっきり手でつかんで力を入れるとそこがしぼんで水分が上にあがらなくなり(水を運ぶ導管が潰れるのだろう)、枯れてしまうのだと。
 そこでまたなるほどと思ってしまう、あのウドの茎も手で思いっきり握ればしぼんでしまう、木本性と草本性の違いはあっても親戚関係だからなのだろうななどと。

 なお、タラノキは日当りのいいところに生えるという今の話だが、これはさきほど述べた離農跡地や道のまわりに多く生えていたという私の話と一致する。
 また、前に何度も本稿にご登場いただいた岩手県葛巻町の長老NNさん(註2)の話によると、タラノキ(葛巻ではタラボと呼んでいる)は柔らかい土を好むので、山菜採りの上手な人は、道路工事が行われている場所をチェックしておき、その周辺に採りに行ったものだ、土が動かされて柔らかくなっていて生えやすいからだとのこと、この話とも符合する。

 こんなことを考えながらAさんの話を聞いていたら、続けて彼はこう言う、タラノキの仲間にハリギリという種があり、これも食べられるのだと。この木についてもいろいろ話を聞いたのだが、酒の量がかなり入ったせいか(年齢のせいか)面白い話だったということしか思い出せない。今度行ったときまた改めて聞き、追記としてここに加えようかと思っている。

 (ここまで草稿を書きあげた翌日・3日前の金曜のことである、何という偶然か、ハリギリの芽にお目にかかった。所用で国道48号線を家内の運転で走ったとき道路脇の野菜等の直売店に立ち寄ったら、山形県産のハリギリが売られていたのである。その姿かたちはタラの芽とコシアブラの中間、どちらかといえばコシアブラに似ている。当然買って、夜てんぷらにして食べた。タラの芽だと言ってもわからないほど似ている味だった、ちょっと苦いような気はしたが。とするとハリギリも含めてウコギ四兄弟ということになるのかもしれない。そこでここに付け加えておくことにする)。

 ところで、このウコギ三兄弟(四兄弟?)に対して、前回述べたアケビはまったく遠縁のキンポウゲ目に属するもの、したがってその芽は質の異なるうまさであり、別格の扱いをすべきものだと私は考えている。
 もう一つ、別格の扱いをすべきものとしてネマガリダケのタケノコがある。

(註)
1.11年9月26日掲載・本稿第三部「☆食の地域性―山形内陸部の雑食性―」(3段落)参照
  なお、味噌和えそれ自体については本稿の下記掲載記事を参照されたい。
  15年8月31日掲載・本稿第七部「☆味噌の和え物、煮物、漬け物」(1~2段落)
2.たとえば本稿の下記掲載記事でもご登場いただいている。
  16年4月4日掲載・本稿第八部「☆山村の子どもと木の実」
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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