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別格のネマガリダケ




                 木の芽と「山菜」(3)

                ☆別格のネマガリダケ

  いうまでもなくタケノコは竹・笹の茎葉の前段階としての芽であり、木の芽の一種だが、このなかの山野に自生するネマガリダケのタケノコ、これはうまい。灰汁が少ないので灰汁抜きせずに食べることができ、皮を剥いてそのまま煮て味噌をつけあるいは醤油をつけたり、味噌汁に入れたり、他の野菜・山菜とお煮つけにしたりして食べる。
 皮付きのまま焼いて皮を剥きながら味噌をつけて食べる、これまた絶品だ。独特の香りと甘みが口の中にひろがる。
 ところで、このネマガリダケは私たちの地域では月山筍(がつさんだけ)とも呼ばれていた。山形県の中央部にそびえる月山の山麓はその名産地、出羽三山参りに行った人たちがそのタケノコを食べて月山筍という名前をつけて広めたのか、月山山麓の人達がそういう名前で売っていたからなのかわからないが、いずれにせよそれは高山でつまり寒い雪山でとれるもの、したがってネマガリダケ=根曲がり竹という名前がついたのも容易に理解できた。タケノコつまり竹の芽の根っこの方が雪の重みでまた雪崩で弓のように曲がって春先地上に斜めに出てくる、まさに「根曲がり」竹だったのである。
 このように北国や高山に群生しているからなのだろうか、ネマガリダケの和名はチシマザサなのだそうである。このチシマザサは、モウソウチクが移入される以前の時代には、日本を代表する竹・笹類の一つだったとのことである。
 いうまでもなくこれは春に採れるのだが、7月末に鳥海山の八合目の山小屋に泊まった時、見事なネマガリダケをたくさん採ってきた人がいた。雪渓の雪がようやく融けたところの笹原なので遅れて生えるのだそうである。それを見たとき一度は採ってみたいものだと思ったものだったが、家内は私よりさきにその機会に恵まれた。家内の友人に宮城・山形県境の舟形山の山麓に実家のある人がおり、連れていってもらって採ってきたのである。車で山道をかなり走り、そこからまたかなり歩いて行ったとのこと、当時はわが家に車がなかったのでそこにもう一度行くわけにもいかず、結局私は行けずじまいだった。
 ところが、偶然その機会に恵まれた、場所は違ったが。

 私の生家のある山形との往復で数えきれないほど私の乗ったJR仙山線、この宮城側の県境の山中に奥新川(おくにつかわ)という駅がある。この駅については森林軌道とのかかわりで前に述べたが(註1)、かつては国鉄の変電所があり、また営林署の材木集積所があって駅の周囲に何戸か人家があった。しかし今はほとんどない。それでも、この奥新川の渓谷は非常にきれいであり、散策のための道も整備されているので春はピクニックで、秋は芋煮会(註2)でここを訪れる人が多い。
 私も何度がこの渓谷に行っているが、家内と二人暮らしになったころしばらくぶりで仙山線に乗って行ってみた。5月の連休前後だったが、駅近くの桜は仙台より約2週間遅い満開、山々の木々の緑は芽吹きはじめ、本当にきれいだった。
 ちょっと歩くと、道端にたくさんのツクシが生えており、早速今晩のおかずにと採り、さらに散策を続けた。
 川に沿って山道をかなり下ったころである、笹薮が広がっているところがあった。そのわきを通ったら家内が言う、タケノコがあると。さきほど言ったタケノコ採りの経験のある家内が言うのだから間違いはないのだろう。といっても売っているものからみると小さく、痩せてもいる。地味が痩せているせいなのか、品種が違うのか、時期が早いのかよくわからない。でも家内は大丈夫、間違いなく食べられるという。かじられたタケノコもある、犯人はウサギだろうか何だろうか、きっとうまいのだろう。それで、ともかくササ薮をこぎながら、何十本か採った。そして家に帰って早速皮をむいてゆで、お浸しにして食べてみた。甘い。小さいのが難点だが、ともかくうまい。天ぷらにしても同じである。もちろん、しばらくぶりでツクシも食べた。
 そんなことから、その後ときどき奥新川に行くようになった。ある年のことである。夢中でタケノコ採りをしていてふと立ち上がってまわりを見まわしてみた。私の背丈よりもちょっと笹の背丈が低いので何とかまわりを見渡せる。でもこの広い笹薮のまわりの景色が前とかなり違う。かなり遠くまできたらしい。タケノコのあるところを歩いているうちにもしかして私の頭の中で考えているのと違った方角に歩いてしまったのかもしれない。家内の姿も見えない。きっとしゃがんで採っているからだろう。呼んでみた。返事がない。さらに大きな声で呼ぶ、二~三度読んだら返事があった。それもとんでもない方角のとんでもなく遠いところからである。顔が笹の上にのぞいた。ようやく顔が見えるくらいの遠さである。夢中になって採っているうち、道のないところを下を向いてタケノコのある方向にあっちに向かいこっちに戻りしているものだから、おたがいにとんでもないところに行ってしまい、迷子になってしまっったらしい。
 このときにしみじみ思った、山菜採りの遭難というのはこうやって起きるのだと。知らないうちにとんでもないところに行ってしまい、自分のいる場所がわからなくなり、帰る方向を見失うものなのだと。いわゆる登山のさいの遭難とはまた質が異なるようである。このような遭難で地元の人に迷惑をかけてはならず、山菜採りの人は十分に気をつける必要があろう。
 もう一つ、落とし物をしたらもうおしまいだということである。とてもではないけど探せない。見つけたとしたらそれはまさに偶然、僥倖というしかない。たまたま私はその僥倖に恵まれたが、そのことは思い出したくもない。こうしたことも気をつけてもらいたいものである。
 それからもう一つ、ネマガリダケのタケノコはクマも大好きなのだそうである。このクマの気持ちはよくわかる。夢中になっているうち突然目の前にクマが、などということにならないように注意しよう。といってもクマに注意を喚起するわけにはいかない。人間様がまず気をつけよう。
 網走に行ってからこのタケノコ採りは中断し、仙台に帰ってから二~三度この奥新川に行ったが、大震災以降一度も行っていない。どうなっているだろうか。震災で林道や散策道など荒れていないだろうか。行ってはみたいが、私たちももう年齢(とし)、他の人に迷惑をかけたりすると悪いのでやめようと思っている。

 話はまた変わるが、このネマガリダケというと秋田県鳥海町笹子(じねんご)、山形県大石田町次年子(じねんご)の名前がどうしても思い浮かぶ。前にも言ったのだが(註3)、その地名からしてかつてはこの地域にササの子=ネマガリダケのタケノコがたくさん生えていたのではなかろうか。今はどうなのだろうか。次年子から一山越えたところの舟形町松橋集落におじゃましたときネマガリダケをごちそうになったが、次年子のそば屋さんはネマガリダケの天ぷらなど出しているのだろうか。一度行って確かめてみたいと思っている。

(註)
1.13年7月18日掲載・本稿第六部「☆トロッコ、森林軌道」(4、6段落)参照
2.みんなで川原に行き、サトイモと牛肉、こんにゃく、ネギ等を醤油で鍋に煮込んで食べる会のこと。本稿下記掲載記事でで詳しく述べているので参照されたい。
  12年3月26日掲載・本稿第三部「☆地域に誇りをもたない風潮」(3段落)
3.16年2月8日掲載・本稿第八部「☆笹の実、次年子・笹子」参照
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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