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山形・仙台・網走のセリ、行者ニンニク




               山菜・思いつくまま(3)(4)

               ☆山形・仙台・網走のセリ

 「セリ・ナズナ、ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ、スズナ・スズシロ、春の七草」
 幼いころ、祖母がつぶやくようによく言っていたのを今でも思い出す、と家内はいう。そして正月七日にこの七草がゆを食べたものだともいう(註1)。
 いうまでもなくこのうちのスズナはカブ、スズシロはダイコンのことで栽培植物だが、他はいわゆる雑草である。したがって家内は子どものころこの雑草を食べていたことになる。
 しかし、私は食べたことがなかった(註2)。私の故郷の山形ではそうした青物は雪に埋もれており、七草などしなかったからである。もちろん、セリとナズナは春になると野良から摘んできて食べた。しかし、ゴギョウ(ハハコグサ)、ハコベラ(ハコベ)、ホトケノザ(コオニタビラコ)については春になって雪が消えて芽を出しても食べなかった。戦中戦後の食料不足の時に近所の人が春に摘んで食べたということは聞いたことがあるが、私にとっては単なる雑草、あんなもの食べられるのという感じでしかなかった。
 仙台に来てかなり経ってから、春の七草が八百屋等で売られるようになり、それを家内が買ってきて七草がゆをつくるようになったので食べるようにはなったが、刻むとその姿かたちが見えなくなるのでどれが何やらさっぱりわからず、味ももちろんわからず、食べたという感じはしない。だからハハコグサとハコベ、ホトケノザは食べたことがないとついつい言ってしまう。私にとってはやはりいまだに単なる雑草でしかないのである。
 なお、セリに関しては冬も食べたことがある。七草の代わりに正月につくって食べるのだと聞いている納豆汁(註2)のなかに唯一緑色の具としてセリが入っていた。
 そういうと、野草や野菜などの青物は雪に埋もれて採れないと言ったはずではないかと言われるかもしれない。しかし、地下水の湧き出る田んぼとかそうした温かい水の流れる小川のほとりとかは雪が融けているので、湿地雑草のセリがちょっぴりだが顔を出している。それを採って食べるのである。
 と言っても私の住むところは湧水地帯ではなかった。西に1㌔くらい離れたところにある江戸時代の羽州街道筋にどっこん水(地下水)の出る地帯があり(註3)、そこで採れるのである。そこの周辺の農家からもらうのか買うのかわからないが、ともかく手に入れて納豆汁に入れる。といってももちろん今のような背の高い栽培セリとは違い、一目見ただけでも野生だとわかるような背の低い小さいセリ(冬の寒さのせいもあろう) だった。

 4月半ば過ぎてからではなかったろうか、いよいよ本格的な農作業が始まるころ、両親が春の耕起などで田んぼに行くときについていって、小川のほとりや畦畔、田んぼに生えているセリを採ったり、水を張ってある田んぼに入ってつぶ(タニシ)取りをしたりするのが私たち子どもの仕事だった(註4)。もちろん遊び半分だったが。
 小川の中やほとりに生えているセリはきれいな緑色をしていて相対的に伸び伸びと育っているが、水をきってある乾いた田んぼのなかに生えているセリは苦労して育っているせいか茶色がかった濃緑をしていて小さく、固く、苦みも多かった。それでも、セリのお浸しは春が来たのを感じさせるうれしい食べ物だった。根っこも食べた。根っこも食べなければならないほど、セリは小さく、セリの採れる量が少なかったからなのだろうか。固かったが、葉っぱよりも苦みは少なかった。私は好きだった。

 やがてそのセリが伸びて来る。ちょうど田植えのころ(かつては6月中旬がそうだった)手伝いに行って見つけると、ついつい採りたくなる。前にも述べたが(註5)、そのとき注意される、「カッコウの鳴き声を聞いたらセリは食べるな」と言われているから採るなと。根っこに虫の卵がついているからだめなのだそうである。
 これで来年の春までセリはお預けになる。

 大きくなったらそんな遊びに近いようなことをやる暇などなくなる。もっとまともな手伝いがいろいろあるからである。それでセリ摘みなどやらなくなり、ましてや仙台に来てからはやらなくなった。たまに春先田んぼの近くを通るとセリが生えていることがあり、それを見ると採りたくなったものだったが。

 まだ蒸気機関車がけん引していたころの東北本線の上り列車に仙台駅から乗り、次の長町駅を過ぎると田畑がひろがってくる(今は市街地になってしまったが)。雪国から来た私などには真冬なのに雪が積もっていない田んぼが珍しかったが、当然のことながらそこには何も植えられていない。長町の次の中田(現・南仙台)駅を過ぎ、増田(現・名取)駅が近づくころふと窓から外を見ると、青々とした田んぼが突然見えてくる。荒涼とした寒々とした田んぼの中の数枚に何か緑色のものが植えてあるのである。何だろうとと目を凝らしてみる。セリのようである。列車は駅の近くでスピードを落としており、ましてや新幹線でもないので、何とかわかる。栽培しているようだ。伸び伸びと大きく育っており、区画の一部は収穫し終わっていて、張ってある水だけの田んぼとなっている。驚いた。雪国でないから、また温かい地下水が湧く田んぼだからそれができるのだろう。
 後で聞いてみたら、江戸時代からこの名取地域ではセリを栽培し、仙台などに販売してきたとのことだった。

 1970年頃からではなかったろうか、列車から見るその名取のセリの田んぼが増えてきた。また栽培の期間も長くなってきた。さらに、セリの田んぼはきれいになった。大きくてみずみずしくて見事なセリが本当にきれいにびっしりと植えられている。
 やがてそのセリがほぼ一年中店頭に並ぶようになった。現在は他県にも出荷されているとのこと、名取はまさに大産地に成長した(なお、さきほど述べた山形市西部の湧水地帯でも70年代ころから目的意識的にセリ栽培を始めるようになり、産地を形成している)。
 当然、セリ好きの私は少なくとも週一回は(もちろん冬から春にかけてが中心になるが)、また何かあると、セリを買って食べる。昔採って食べたセリと比べると味は薄く、ちょっともの足りないが、大きくて柔らかく、食べやすい。根っこもうまい。納豆汁にはもちろんのこときりたんぽなどの鍋物にも生のまま刻んで彩り付け、香り付け、味付けとして振りかけて(註6)、またお浸しや和え物、汁の実、漬物にして、おいしくいただいている。
 その点では問題はないのだが、何十年もセリ採りをしたことがないのがちょっと寂しかった。ところが何と60歳半ばになってから、野生のセリを採って食べる機会に恵まれることとなった。

 私の二度目の勤務地となった北海道網走では、5月の連休のころ、雪解け水の溜まったあちこちの湿地で水芭蕉の花が満開となる。東北にいたころはめったに見ることはなく、山中の小さな湿地でちょっと見かけると大騒ぎしたものだったが、網走では珍しくも何ともない。それでも家内と水芭蕉を見に行く。とくに網走湖周辺の湿地の水芭蕉は見事である。さらにドライブがてら勤務先の東京農大の付属寒冷地農場に行ってみる。農場のなかの低地に白樺や楡の木(だろうと思う)などの雑木林があるが、春になるとそこに雪解けの水がたまり、浅い沼地のようになる。そこに一面水芭蕉が咲くのだが、これも本当に見事なのである。その観察ができるようにと板を渡して作った道いわゆる木道を農場が整備している。その木道を、春の日差しを浴びながら水芭蕉の花を見ながらゆっくりと歩くのは本当に心が休まる。水芭蕉の間にまた小さな流れのところに柔らかい緑色の草が芽生えているのが見える。それもまた春を感じさせる。
 歩いているうちふと気が付いた。そのなかにセリと思しきものがあるではないか。たしかめてみたが間違いない、葉の形も匂いもまさにセリである。家内も間違いないという。雪解けのきれいな冷たい水と春の日差しをたっぷりと吸った柔らかな緑が本当にきれいである。
 こうなると子どものころの記憶が、大昔から引き継いできたと思われる狩猟採取魂が、よみがえってくる。家内も同じだ。
 早速二人で採り始める。透き通った水に手を入れると氷のように冷たい。きれいな水と温かい日光をたっぷりと吸ったセリの緑は柔らかく、本当においしそうである。たっぷり摘んで家に持ち帰った。そしてお浸しに、また汁の実にして食べた。もちろんおいしく、何十年ぶりのセリ摘みの楽しみも味わった。
 さらに、その雑木林の前の草むらにツクシが生えているのを見つけた。ツクシ大好きの私は当然のことながら採り始める。誰も採らないようなのでたっぷりと採れる。当然これも今晩の酒のつまみである。

 このような春を網走で楽しんだが、数年経って仙台に戻ることになり、もうセリ摘みはできなくなった。それで名取産のセリに戻ったが、それはそれでおいしく、冬から春にかけての楽しみとなっている。でも、野ゼリ、山菜としてのセリを味わうことはもうできなくなってしまった。

               ☆平地に生えていた行者ニンニク

 話はまた網走の寒冷地農場の話になるが、ここの水芭蕉の花が終わり、セリ摘みの時季も過ぎて木々が緑に覆われてくる頃、農場の林のわきの空き地にアイヌネギ=行者ニンニク(註7)が一斉に生えてくる。北海道では山の中ばかりでなく平地にも生えるのである。山菜採りの好きな市民は早速あちこちに採りにでかけるのだが、私は行ったことがない。時期になると知り合いの人が持ってきてくれるからだ。それに、猛毒のスズランやバイケイソウなどと間違いやすいから気をつけろと言われているので何となく気乗りがしないこともある(ニンニクのような臭いがするかしないかで判断はできるのだが)。
 いただいたアイヌネギはお浸しにしたり、卵焼きや餃子に入れたりして食べる。醤油漬けにして保存して食べる人もいるそうだが、私のところではしなかった。ニンニクとそっくりの強い匂いと辛みがあるので非常においしく、栄養分もたっぷりという感じがする(実際にそうらしい)が、やはりニンニクと同じく食べた後の口臭が気になる。
 このアイヌネギは行者ニンニクという名で最近店頭にも出るようになったようだが、それは栽培ものらしい。最近各地で栽培されるようになったとのことである。
 ここまで書いて今階下に降りたら、家内がこんなことを言う、生協家庭班の注文書に「行者ニンニクの苗」というのがあった、どうするかと。驚いた、ここまで行者ニンニクが普及するとは。うれしいことである。しかし、二つの理由から苗を買うのはやめることにした。一つは庭に植えてあるスズランと間違えたら困るからであり、もう一つはやはりプロの農家の育てたものあるいは山村の方の採ったものを買って支援すべきだということからである。
 それはそれとして、まだ食べたことのない方にはぜひ買って食べてもらいたいものである。できれば北海道に自生するアイヌネギが店頭に並ぶようになるともっとうれしいのだが。

(註)
1.13年5月13日掲載・本稿第五部「☆渡り鳥、七草たたき、燕雀」(2段落)参照
2.11年1月26日掲載・本稿第一部「☆季節の行事、祭り」(2段落)参照
3.本稿の下記掲載記事に書いた地域の西側で宅地化の進んでいない地域がセリの産地となっている。
   12年7月27日掲載・本稿第四部「☆もらい水からペットボトルへ」(1段落)
4.10年12月16日掲載・本稿第一部「☆遊びから始まる田畑の手伝い」(1段落)参照
5.10年12月16日掲載・ 同  上 「   同     上   」 (4段落)参照
6.最近は「セリ鍋」というのも流行っているようだ。鶏肉を入れてだしをとった鍋に数㌢に切ったセリ(根も入れる)を入れてしゃぶしゃぶ風にして食べるのだそうである。他に豆腐などの具を入れてもかまわないという。今年の冬にやってみようと思っている。
7.アイヌネギ=行者ニンニクについては本稿の下記掲載記事で別の側面から述べているので参照されたい。
  11年10月7日掲載・本稿第三部「☆北海道の食文化」(2段落)

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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