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アイコ、ミズ、シドケ、シオデ等々




                  山菜・思いつくまま(10)

               ☆アイコ、ミズ、シドケ、シオデ等々

 前に北海道のフキの話をした(註1)が、網走に住んでいたころのわが借家の裏庭にもフキが生えていた。同時にイラクサも生えていた。網走ではフキの生えるところには大体イラクサが生えているのである。それを知らなかった家内はそのイラクサにさわってしまい、手が突然かゆくなってジンマシンのように腫れ、慌てて家にあったレスタミン軟膏を塗って何とか治したという騒ぎとなった。

 当然のことながらそれから家内も私もイラクサには絶対に触らないよう注意するようになった。葉っぱがシソと似ているのでそれに注意すればいいのである。しかし私もとうとう被害者になってしまった。ともかく北海道にはイラクサが多く、ワラビ採りの最中にイラクサの葉っぱが顔に触ったらしく、頬っぺたの一部が腫れあがったのである。そのワラビ採りは翌日仙台から訪ねてくる友人AH君(前に何度か本稿に登場してもらった)をもてなすためだったのだが、その彼はいいことに皮膚科の医師、薬を持ってくるように頼んだところ、副腎皮質ホルモン(だったと思う)の薬を持ってきてくれ、塗ったらあっという間に治った。

 このようなイラクサなのに、その芽や若いころの茎などは食べられるのだそうで、ゆでたり、揚げたり、汁の実にしたりして早春の山菜として食べるのだそうである。
 そればかりでなく、アイヌの人々はそれから繊維を取り出して糸をつくり、衣類にもしたという。
 この繊維で思い出したのは子どものころ読んだアンデルセン童話の『白鳥の王子』だった。魔女に白鳥にさせられた11人の兄の王子を救うために、妹の姫が傷つき血を流しながらイラクサで11着の服を織りあげたという話である(このイラクサはセイヨウイラクサで日本のイラクサとは属が違うとのことだが)。それもあってイラクサにあまりいい印象は持っていない。その上に家内も私も被害を受けている。
 そんなことから結局は食べなかった。

 ということで、私はイラクサを食べたことがない。と思っていたら、つい最近、すでに何度か食べていることがわかった。山菜料理などに出てくるアイコ、あれはイラクサのことだったのである。
 特別美味だとは私は思わないが、食べやすいので、特に印象に残ることもなく何度も食べていた。あの痛みかゆみをもたらす小さなトゲも手袋をして採れば大丈夫、熱湯を通せば消えてしまうのだそうで、イラクサなどとまったく結びつかないで長い間過ごしてきた。
 なぜ印象の悪いイラクサがかわいらしいアイコという名で呼ばれるのか、どっちが先についたのか、よくわからない。和名はミヤマイラクサなのだそうだが。

 このアイコを初めて認識したのは、研究室のいきつけの小料理屋でだったと思う。齢を重ねるにしたがって経験や知識が増えていくわけだが、私のきわめて少ない山菜に関する知識や体験はとくにこの山形県寒河江市出身のお女将FAさんの経営する小料理屋(註2)でさまざまな山菜をご馳走になって得たものだった。
 春秋になるとFAさんは土日に寒河江の実家に帰り、自ら山菜を採って月曜の朝に背負って店に運び、それを料理して客に出す、これがたまらなかった。月曜の夜に行くとたとえば採り立ての山ウドをご馳走してくれたものだった。ワラビ、コゴミ、フキ、タラの芽、ネマガリダケなど一般に知られているものはもちろん、私にとっては初めての山菜(なかには小さいころ食べたことがあるのに記憶にないものもあろうが)の料理もたくさん出してくれた。春の山菜についていうとアイコ、ミズ、シドケ、コシアブラなどがそうだった(その他にもたくさんあったと思うのだが、記憶に残っているのはそんなところである)。
 アイコは天ぷら、お浸し、汁の実等にして食べさせてもらったが、あまり癖がなくて食べやすく、私にはまあまあの味である。秋田などでは山菜の女王だなどと高く評価されている山菜なのだそうだが、とくに採りたいとも思わず、したがって自生しているときはどんな姿かたちをしているのかも最初はわからなかった。もちろんそれがイラクサだなどとはまったく知らずに食べていた。

 ミズ、こんなのは珍しくも何ともないという人も多いだろうが、私はその小料理屋で初めて食べた。とくにミズのたたきには驚いた。アジのたたき、カツオのたたき等、魚のたたきは食べたことがあったが、山菜にたたきがあるなどということはまったく知らなかった。
 生のまま細かく刻んだミズの茎をお女将のFAさんが包丁の背でトントンと叩き、醤油で味付けして出してくれた。ねばねばして何とも言えない食感だったが、私にとっては珍しい、叩いてくれた女将にご苦労さんと思うだけで、申訳ないけれどとくにうまいとは思わなかった。お浸しにしても、くせがあまりないので食べやすいというだけで、やはりうまいとは思わなかった。
 なお、ミズの実の浅漬け、これも珍しい。前にも述べたように山菜には実は含まれないのだが、これは「むかご」であり、茎が肥大化してつくられたものとのことなので山菜として扱われるのは当然である。そのみずみずしい歯ごたえなどはいいのだが、ちょっとぬるっとしているのが気になり、これもどうしても食べたいというものでもなかった。
 だからだろう、山に生えているミズが判別できるようになり、たくさん生えているのを見つけても、それを採ろうとは思わなかった。
 後でわかったのだが、このミズはイラクサ科、しかも和名はウワバミソウ、湿地などウワバミの住みそうな所に自生しているということからこの名がついたのだそうだが、これで印象は悪くなってしまった。

 シドケ、これはもみじの葉と似ているのでモミジガサ(こちらが和名とのことである)とも言われており、最近は栽培もされるようになっているという解説付きでお浸しで食べたのだが、ちょっと匂いがきつく、苦みも強い。だからこそ山菜らしいと好きな人もいるようだが、私はそれほど好きではない。もちろん出されれば食べるが。その姿かたちからしてすぐにわかると言うが、とくに関心をもたないからだろう、山野に行っても発見したこともなく、採ったこともない。
 とは言っても多くの人に食べてもらいたい。シドケの栽培は秋田県が全国一位とのことだからである。

 ドホイナという山菜がお浸しで出されたことがある。味等はとくに覚えておらず、初めて聞く変わった名前の山菜なので覚えているのだが、このドホイナは山形の呼び方らしく、他の地域ではホンナ、ウドブキとか呼ばれ、和名はイヌドウナなのだそうである。
 このホンナは民謡の『秋田おばこ』の歌詞のなかにも出てくる。このことについてはまた後で述べることにするが、こうやって歌われるほどの山菜なのになぜあまり食卓にのぼらないのかよくわからない。

 民謡にその名が出てきていながらあまり食べられていない山菜にシオデがある。
 このシオデを初めて認識したのが学生時代に参加したうたごえ運動でだった。それで使ったある歌集に秋田民謡ひでこ節が採譜されていたのを見て覚えたのだが、そのときこの「ひでこ」が山菜のシオデのことだと知ったのである。しかし見たことも食べたこともなく過ごしてきた。それが60歳近くになってから、小国のワラビ園で初めて見、採り、そして食べることになった。

 ちょっと前回の小国のワラビ採りの話に戻らせてもらうが、人のあまりいないワラビ園の奥に行って夢中で太くて柔らかくて大きいワラビを採っていたとき、同行してくれた小国の農家のご婦人OHさんとIKさんが私たち夫婦を手招きする。そしてかなり背の高い草むらのなかを指さし、これがシオデだ、山形ではションデコとかショウデというし、秋田ではヒデコともいうが、山菜の女王とか日本のアスパラガスとか言われており、最高の山菜だという。
 初めて見た。数十㌢くらい細く長く伸びた淡い緑色の柔らかそうな茎、そのてっぺんはアスパラのてっぺんのような(ろうそくの炎のような)形をしており、茎の途中にアスパラのような三角のはかまをつけ、そこのなかから細い巻きひげのような枝を出している。これがシオデだった。
 日当たりがよくてしかもちょっと湿り気のあるところによく生えるのでそれを見つけ、ワラビ採りのように茎の途中の簡単に折れそうなところ(上から大体30㌢くらいのところ)で折って採りなさいとIKさんは教えてくれた。
 そこで早速、ワラビを採りながら、シオデも探し始めた。素人だからだろう、シオデはなかなか探せない。それでも数本くらい採ったのではなかろうか。家内もそれくらいだった。
 IKさんによると、シオデは群生しないし、発生地も限られていてそんなに採れない、さらに採るとすぐに下から固くなっていく、つまり日持ちがしない、それで食べるまで日数のかかる消費地の店頭になどなかなか並べられない、だから幻の山菜とも呼ばれているのだという。それで私たちは見たことも食べたこともなかったわけだ。

 IKさんとOHさんは、自分たちの採ったワラビばかりでなく、シオデまで私たちにお土産としてくれた。帰ってすぐにゆで、お浸しにして食べた。うまかった、甘かった。マヨネーズをつけて食べてもアスパラのような癖がなくはるかにはるかにうまかった。そのやさしいうまさはまさに山菜の女王という名にふさわしかった。民謡で唄われるのもわかるような気がした。

 それから数年過ぎてである。また生まれて初めてという山菜を食べた。葉ワサビである。
 たまたま仙台の町に出たとき、市役所前広場で林野を守る趣旨の催しが開かれており、さまざまな出店が並んでいた。何の気なしに見ていたら、葉ワサビが売られていた。葉ワサビが山菜として食べられているという話は聞いたことがあったが、写真でしか見たことがなく、もちろん食べたこともなかった。食べ方が書いてあったので、早速買って家内がやってみた。何か容器に葉ワサビを適宜刻んで入れ、熱湯を注いで密閉して冷ます。それを翌日以降取り出してお浸しにして食べるというのである。香り、辛み、何ともいえずうまかった。
 それ以後、山間部の産地直売所などで売っていると必ず買って食べるようになったのだが、前に何度か登場してもらった居酒屋の亭主Aさんの話では、かつては仙台の青葉山(仙台城のあるところ)や八木山周辺でもよく採れたとのことである。とくに当時縦横無尽に掘られていた亜炭鉱から湧き出す冷水のところによく生えていたので、それを採ってさきほどのようにして食べたものだという(今は宅地化してそのようなことはできなくなっているが)。また、これまた前に登場していただいた岩手葛巻町の古老NNさんの話でも葉ワサビを採って食べたものだとのことである。
 いうまでもなくこの葉ワサビは私たちが刺身などにつけて食べる根ワサビの茎葉なのだが、これがこんなに身近なものであるなどということは知らないで育った。この根ワサビについてはまた後で述べることにするが、いずれにせよ私は山菜に関しては晩生(おくて)だった。木の実や野生鳥獣についてもそうだったし、水産物に関してはさらにひどく、子どものころなどは無知と言ってよかった。
 山野と海のない地域でしかも交通不便の時代に貧しい農家に生まれ育った私のこと、これもやむをえなかった面もあると思うのだが、豊かな山野と海に恵まれているわが国でこれではやはり恥ずかしい。この国で生まれ育った子どもたちにはこんな思いをさせたくない、山野と海に、そこから採れあるいは獲れる動植物にみんな詳しくあってほしいと私は思う。
 しかし、多くの人がサプリメントや健康器具、スマホに関心は持っても、食の生産現場の農林漁業や自然には関心を持たないようにさせられている今、こんなことを願うのは無理というものだろう。
 こうなったらしかたがない、ポケモンGOに頼んで農山漁村の産地直売所や話題になるような林野・海浜などのスポットに特別なポケモンを出現させてもらい、若者を始め多くの人をそこに集め、農林漁業にまた自然に関心をもってもらうようにしたらどうだろうか。そして自然の山野、海浜ではポケモン以上にすばらしい自然の産物がゲットできることを改めて知ってもらったらどうだろうか。でも、それで山や海が汚されたり、農林地や浜辺が荒らされたり、スマホばかりを見て交通事故や遭難騒ぎを起こされたりしたら困る。NHK朝ドラ『とと姉ちゃん』ではないが「どうしたもんじゃろのう」という言葉くらいしか出てこないのが悲しい。

(註)
1.16年6月27日掲載・本稿第八部「☆野菜であり山菜でもあったフキ」(2~4段落)参照
2.このFAさんにはアケビの皮の料理のことで本稿の下記掲載記事で登場してもらっている。
  16年3月21日掲載・本稿第八部「☆アケビ、山ぶどう、バライチゴ」(2段落)

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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