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ラディッシュ?、エシャレット?



            外来野菜と私、そして日本人(6)

            ☆ラディッシュ?、エシャレット?

 ハツカダイコン、大好きだった。
 まず名前が面白い。播種して20日で収穫できるダイコンだから「二十日大根」と名づけられたのだと言うのである。こんなに短期間で収穫できる作物はきわめて珍しい(米など他の作物もこれくらい短い期間で成長するように、そして何回も収穫できるようになったらいいのになどと子ども心に思ったものだった)。
 また、ダイコンと言いながらカブの形をしているというのも面白い。小さくてかわいいのもいい。カブの形をした赤い小さな丸い根と緑の小さな葉が対照的で、本当にきれいである。丸い根を真っ二つに切ると表皮は赤、中は真っ白というのも見事である。

 子どもの頃の私の生家では、このハツカダイコンをサヤエンドウの畑の間作作物としたものだった。
 春、サヤエンドウの種を播いた後に、その畝間(1㍍くらいの幅ではなかったろうか)の一つ置きに間作作物としてハツカダイコンの種子を条播する(すじまきする=畝間につけた3~4本の平行なすじの上に一定の間隔で種子を播く)。畝間すべてではなくて一つ置きに植えるのは、管理作業のために人間が歩ける畝を確保するためである。
 最初は両方とも芽が伸びていないので、日の光は畑に十分にあたり、ともに生育には差し支えない。やがてハツカダイコンが芽を出し、続いてエンドウが芽を出す(だったと思う)。ともにまだ小さいから両方とも日光をさえぎって日陰にしたりされたりなどしない。一ヶ月弱でハツカダイコンの葉は一人前に伸びてくる。といっても10~15㌢くらいだが。そのころから収穫が始まり、成長しきったものから抜き取っていく。一方エンドウの方は30㌢くらいの高さになり、花もいくつか咲き始めている。側枝がまだ伸びていないのでハツカダイコンに日陰をつくったりはまだしないが、そろそろそれが心配になる。エンドウにとっても支柱立てなどの作業の準備等々もあるので、ハツカダイコンの存在がじゃまになってくる。一ヶ月半も過ぎたころにはすべてハツカダイコンの収穫は終わり、完全なサヤエンドウ畑となるが、その畝間には稲わらが雑草繁茂防止・乾燥防止・堆肥用として敷かれる。そして支柱がたてられ、やがてエンドウ豆の収穫か始まる。
 これが毎年のことだった。

 このハツカダイコンはまず売り物である。3~4個の葉っぱを稲わら一本で束ねて、生家に毎日買い付けに来る八百屋さんに売り、多い時には翌朝市場に持っていく。
 もちろん、自分の家ても食べる。まず浅漬けだ。酢の物のときもある。うまかった。ちょっと辛みがあるのもいい。この程度の辛さだと子どもでも十分に食べられる。薄切りにして漬け、あるいは酢の物にするので、その表面・表皮の赤、中の白がまた対照的で、これまたきれいである。酢の物にすると酢がピンク色に染まるのもいい。浅漬けはとくに大好きだった。

 ところでこのハツカダイコン、「大根」とはいうけれど、どう見てもカブである。カブには大小いろいろあるし、普通の白いカブから赤カブまでいろいろある。そのなかの一種としか考えられない。にもかかわらず、なぜハツカダイコンなのか。
 と思って子どものころ父に聞いたら、ハツカダイコンはカブではなくてダイコンの一種であり、だからその名前で間違いないのだという。そういえばハツカダイコンにはダイコンのような辛みがある(それがうまいのだが)、それにしてもダイコンのように長く伸びない、それがどうしてダイコンなのだろうかと不思議に思ったものだった。少年雑誌か何かで見た世界一大きいと言われる桜島ダイコンの写真を見たとき、その姿かたちがカブとそっくり、ハツカダイコンもそういうことなのか、ダイコンには本来のダイコン(と言っていいのだろう)の形とカブの形をしたものなどさまざまあるのだと納得したものだった。

 なお、生家で本来のカブの仲間の赤カブを栽培したという記憶は私にはない。それでもハツカダインよりも一回り大きな赤カブは食べたことはある。もらったのか、買ったのか、実は栽培していたのか、わからない。
 この赤カブでもっとも印象に残ったのは焼き畑で栽培されている山形県の鶴岡の温海カブ(註1)であるが、最上地方にあるさまざまな種類の赤カブも忘れがたい。表面すべて赤のもの、紫に近い赤や薄いピンクのもの、上だけ赤くて下は白いもの、太っているもの、ずんぐりしているもの、やせてひょろ長いもの、地域によってさまざまである。私が見たことのあるものだけでも数種類あるが、カブというよりダイコンに近い。どうしてダイコンの仲間であるハツカダイコンがカブとそっくり同じ形をし、カブの一種である最上の赤カブがダイコンと似ている形をしているのかわからない。カブとダイコンは親戚同士、こういうこともあり得るのだろうが。この最上地方の赤カブ、私は漬物でしか食べたことはない(これはうまい)が、煮物・汁物にもするのだそうである。
 なお、最上地方の赤カブと似た宮城県産の赤カブ(上が赤で下が白、直径2~3㌢で長さ10㌢前後)が生協ストアに時期によって顔を見せるので、そのときは必ず買い、漬けて食べる(なぜか昨年は見なかった、たまたま買い物に行った日になかっただけだったのか、売れないので出荷をやめたのか、わからない)。これもうまい。ところが、今その名前が思い出せない。家内に聞いたら、家内も思い出せないという。いかに年寄りになったか、二人で顔を見合わせて笑うしかないが、来年にでもストアに出ていたら、その名を追記したいと思っている。
 いずれにしても地域固有の在来種、大事にしてもらいたいものである。

 さて、話はもとに戻るが、このハツカダイコン、大人になっても当然大好き、八百屋さんにそれがおいてあると家内は必ず買ってきて酢の物や漬物にして食卓に出してくれたものだった。
 定年になって家内といっしょに買い物に行くようになったころ、生協ストアの青果物の棚でこのハツカダイコンを見つけた。小さく形のそろったものが5~6個、小さなトレイにきれいに並べてある。早速買ってもらおうと思って手に取ろうとしてふと気が付いた、名前が違うではないか。「ラディッシュ」と書いてある。思ったよりも値段が高い。ハツカダイコンではなかった、それで買うのをやめることにした。
 それからときどきその棚を眺めるが、一年中おいてある。ハツカダイコンは初夏のものと考えていたのだが、やはりラディッシュは違うのだろうか。どこかどう違うのだろう、似て非なるものなのか、同じものなのか、いつも疑問に思って眺めていた。
 そのうち、もう一つ気が付いたことがあった。その隣りに「エシャレット」という名前の野菜が、やはり数個トレイに入って売られている。アサヅキの根を太くしたような白で、茎は緑である。
 ともに輸入品ではなさそうだ、産地はともに国内である(東北ではないが)。
 最近さまざまな新しい外来野菜が出回るようになっているが、このラディッシュとエシャレットもそうなのだろうか、私が知らないだけだったのだろうか。

 あるとき、家内がすっとそのラディッシュを買い物かごに入れた。夕食に出たのはハツカダイコンの酢の物だった。そうだったのである、ラディッシュはハツカダイコンだったのだ。なぜ、いつごろからハツカダイコンがラディッシュになったのだろうか。ハッカダイコンでは田舎くさくて売れないから、英語名にした方が売れるだろうからそうしたのか。一体だれがそうしたのか。よくわからない。

 これまたあるとき、ある飲み屋のおつまみにエシャレットが出てきた。わきに味噌がおいてある。キュウリと同じように生で味噌をつけて丸かじりするようである。早速食べてみた、辛い、その昔食べた野草のノビルに似ている、うまい、なつかしい。
 何と、それはラッキョウだった。生食用に軟白栽培されたものなのだそうである。
 そのラッキョウが何でエシャレットなのかだが、「根ラッキョウ」では売れないので、同じネギ属でフランス料理に使われる香味野菜「エシャロット」を真似して市場関係者が命名したのだそうである。これだと臭いラッキョウという悪いイメージはないし、フランス風でかっこはいいし、若者にも女性にも抵抗感なく受け入れられる。
 よくまあうまく名付けたものだ。

 今ラッキョウの話が出たのでちょっとその話をさせてもらうが、なぜかわからないが生家ではラッキョウをつくったことがない(宮城県南出身の家内は実家で自給用につくっていたというが)。子どもの頃からその甘酢漬けを食べ、これがラッキョウだということは知っていたし、戦後山形駅前の闇市で叩き売りが言っていたせりふ「男の度胸で女は愛嬌、漬物ラッキョに坊主はお経」(註2)でも知っていたが、畑にあるのは見たことがなかった。
 それを初めて見たのは鳥取砂丘の近くに広がるラッキョウ畑で、当時鳥取大にいたNM君に案内してもらったとき、60歳近くになってからだった。農業にかかわる研究者としてはどうかとは思うけれども。
 また、甘酢漬け以外の食べ方があるのを知ったは沖縄に行ったときに島ラッキョウの塩漬けを食べたときだった。これはうまかった(このことについてはまた後で別途書きたいと思っている)。
 でも、ラッキョウが生で食べられるとは知らなかった。これはうまい。だから大いに根ラッキョウを宣伝してもらいたいし、店舗の棚に並べてもらいたい。それをエシャレットなどと呼ぶのにはちょっと抵抗を感じるが。
 もちろん、ラッキョウはラッキョウという名で昔からのまま変わっていないので、全面的に変わったハツカダイコン=ラディッシュほどの抵抗感はないが。

 それと同じことでいえば、ラッキョウと同じ仲間のニンニクがある。これもカタカナ語でひっかかったことがある。
 このニンニクも生家で栽培していた。子どものころの私には冬に風邪をひかないようにと焼いて食べさせられたことが強烈に印象に残っている(註3)。それ以外の記憶はない。
 大人になってからはギョウザの材料として、たまに家内のギョウザつくりの手伝いをさせられるなどして、なじみが深い。さらに、産地形成の調査で青森県南部を何度かおじゃまし、ニンニクの勉強もさせてもらっている。
 いつ頃からだったろうか、テレビの料理番組や新聞の料理記事などでガーリックという言葉がよく出るようになった。テレビでたまたま見たとき、何かに振りかけている粉をガーリックという場合もあれば、ニンニクとしか思えないものを呼んでいる場合もある。このガーリックがニンニクのことを言うのだとわかったのはいつごろだったろうか。
 それでもニンニクはニンニクとして、いまだに変わらずその言葉がそのまま使われている。ニンニクは餃子やキムチの主役として、また滋養強壮の健康食品としてもう定着しているし、韓国で多く使われているし、欧米語の名称をつけてもとくに売れるわけでもないということからなのだろう。
 そしてガーリックという言葉は粉末のときに使われている(これも「ニンニク粉」であっていいと思うのだが)ようである。洋食の雰囲気を出すためにはガーリックの方がかっこいいし、売れるということからなのだろうか。もちろん勝手な推測だが。
 いずれにせよ、ニンニクとラッキョウという名前が残っていることは私にはうれしいことである。

 それにしてもラディッシュ、エシャレットは気に食わない。でも好きなものはやむを得ない、ときどきこれはハツカダイコン、これは根ラッキョウだと心の中でつぶやきながら買ってきて、片や酢の物にして、片や味噌をつけて、酒のつまみにして食べている。

(註)
1.11年3月25日掲載・本稿第一部「☆残っていた焼畑農業」(1段落)参照
2.11年2月23日掲載・本稿第一部「☆新制中学への通学と叩き売り」(4段落)参照
3.11年2月1日掲載・本稿第一部「☆水浴びと冬の遊び」(3段落)参照
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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