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健康志向とカタカナ野菜




            外来野菜と私、そして日本人(8)

             ☆健康志向とカタカナ野菜

 お腹いっぱい食べたい、できれば飽きるほど食べてみたい、おいしいものであればもちろん言うことはない、戦前の一般庶民の多くがそう望んでいた。戦中戦後の食糧難時代はましてやそうだった。農家の子どもで食べ物には比較的恵まれていた私ももちろんそうだった。
 そんな時代がやってきた(註1)。1970年代、スーパーには国内外の多様な安い食品が並び、ファーストフードやファミリーレストランに行けば輸入自由化に伴う安価な外国産のさまざまな食べ物が安く食べられ、それでお腹を一杯にすることができる時代がやってきたのである。そしてそれは「飽食の時代」とも呼ばれた。この時代はまた前節で述べた「食の洋風化」の浸透した時代でもあった。さらにそれは「グルメの時代」へと進んだ。料理漫画をきっかけにグルメブームが起こり、テレビでは料理人対決まで見られるようになり、食は遊びの対象にまでなってしまった。
 飢えに苦しんでいた時代から見ると考えられない時代となった。食物に不自由せず食べたいだけ食べられる、「究極と至高の料理」を追求できる、こんないいことはない。はずなのだが、もう一方で肥満とか高血圧、糖尿病、癌、若者の成人病(今は生活習慣病というようだが)等々さまざまな健康障害が社会問題になってきた。
 こうしたなかで消費者の健康に対する意識が高まり,食品分野においても健康食ブームが巻き起こり,ビタミン類を中心とする栄養補助食品や低塩・低カロリー食品などの健康食品の需要が伸びてきた。それは野菜の生産にも影響を与え、新たにさまざまなカタカナ野菜が健康野菜(註2)として登場するようになった。

 私の印象に強いものから述べてみると、まずオクラがある。原産地は熱帯アフリカで、日本には幕末ごろに伝わったとのことだが、私は見たことも聞いたこともなかった。そのネバネバや青臭さのせいで敬遠されていたようだが、逆にそれが美容と健康にいいのだとして急に人気が出たようである。しかし、私の口にはとても合わず、みんなよく我慢して食べるものだと感心したものだった。それでも家内は栄養があるのだからと生協から買って食卓に出すのだが、大半は残してしまう。そしたらあるとき、オクラを細かく刻んで「ゆかり」を混ぜて食べさせられた。これは何とか食べられた。赤しそと塩の味で青臭さが消え、ネバネバもそれほど強くなくなっていたからである。でもやはりあまり好きではなく、積極的に食べたいとは思わない。でも、私の行きつけの生協ストアには毎日おいてあるので、それなりの需要があるのだろう。
 それからモロヘイヤだ。アジア・アフリカの野菜で、日本に入ってきたのは80年代、きわめて栄養価が高いために健康野菜として注目を集めて本格的に栽培が始まったとのことだが、ゆでると独特の粘りを生じるとのこと、この粘りはオクラでもう十分なので、家内から食べようと言われてもうんと言わない。
 しかし、ツルムラサキは食べた。モロヘイヤにやや似た独特のぬめりや粘り気があると聞いていたにもかかわらずである。東南アジア原産の野菜で昔から沖縄で栽培されてきたものだとのことなので外来野菜とはいえず、健康ブーム到来とともに福島、宮城、山形の東北三県で盛んに生産されるようになったものだと聞いたからである。それをお浸しにして食べてみたら、何ということ、山形で食べる雑草ヒョウ(和名スベリヒユ)のお浸しとその酸っぱい味、ぬめりや粘り気はそっくりではないか(註3)。当然である、植物分類を調べてみたらともに同じナデシコ目で親戚だった。ただし、ヒョウの方がずっとうまい、それを食べた方がいい。そんなことから、産地の農家の方には申訳ないが、その後ツルムラサキもモロヘイヤも買って食べていない。
 それから少したって話題になったものにヤーコンがある。それを栽培しているところを初めて見たのは03年、茨城大学でだった。85年にオーストラリアから導入した南米アンデス原産の根菜ヤーコンに高い栄養価があることを調べ、さらにその栽培の研究を始めたのである。その成果もあって健康野菜として知られるようになり、北海道などで栽培されるようになったものだが、店頭ではあまり見られず、私は食べたことがない。

 さらにアボガドだ。これは野菜ではなくて果実なのだが、「森のバター」、「最も栄養価の高い果物」として宣伝され、しかも醤油によく合う、刺身のようにワサビ醤油で食べたり、手巻き寿司にしたりするとおいしいということで、爆発的に普及したものだ。一度食べてみたが、私はあまり好きではない。しかもほとんどが輸入である。そんなことからその後まったく食べていない。

 2001年のNHK朝の連ドラ『ちゅらさん』の中に「ゴーヤーマン」というフィギュアが出てきた、当時かなりの人気を博したようだが、私はうれしかった。ゴーヤー、そしてそのチャンブルーは沖縄を代表する野菜・料理であり、それが有名になって本州などでゴーヤーが売れるようになったらいい、そしてそれが沖縄振興の一助になればいいと思っていたからである。もちろん苦みが強く、慣れるまでは大変だが、豆腐チャンプルーに入る程度の苦みなら最高、誰にも好かれるはずである。そんなことを考えてから数年経ち、生協ストアに買い物に歩くようになったころ、青果物の棚でゴーヤーが見受けられるようになった。翌年もである。ニガウリと書いてある場合もある。『ちゅらさん』・「ゴーヤーマン」で知られるようになったからなのか、夏バテに効く健康野菜・ダイエット食品等々で新聞テレビ等で取り上げたからなのかよくわからないが、いずれにせよ喜ばしいことである。ただし、その産地が沖縄ではなく九州、関東であることがちょっと寂しい、などと思っていたら春先のホームセンターの花や野菜の苗木売り場でゴーヤーの苗を売り出すようになり、その苗から育てたゴーヤーが近所の奥さんから届くようになった。それから2、3年経ったころだったと思う、真夏の西日をさえぎるために植えている朝顔といっしょにゴーヤーを植えようと家内がいう。そこで一本植えてみたらかなり繁茂していい日陰をつくってくれる。しかも実もたくさん生る。熱帯アジア原産なのにである(品種改良もされているのだろうが)。翌年から毎年植えることにした。そして豆腐チャンプルーを楽しんでいる(註3)。沖縄の農家から買うのではなくて申し訳ないと思いながらだが。なお、昨年は植え付けがかなり遅れて失敗してしまい、生協で九州産のゴーヤを買って食べることになってしまった。
 というようなことで、この10年くらいの間にゴーヤー=ニガウリは全国的な野菜となった。これには驚いてしまった。それだけ健康食品を求めているからなのか、もともとある日本人の好奇心、進取の精神からなのか、よくわからないが、いずれにせよいいことだ。

 その他新しく導入され、あるいは急に注目されて有名になったいろんな健康野菜があるようだが、今まであげてきた名前を見てふと気が付いたことがある。
 それは必ずしも欧米諸国からの導入、輸入ものではないことだ。洋食とのかかわりで入ってきたものではないからなのだろう。そこが前節でみた戦後のカタカナ野菜とは大きく違う。
 それから、沖縄で昔からつくられてきたものがゴーヤーとツルムラサキと二つあることだ。海外から新しく導入したものではなく、地域特産だったものがその価値を再確認され、全国各地で栽培され、食されるようになったものなのである。そうなのだ、ツルムラサキ、ゴーヤー=ニガウリは日本語なのである。
 同じように戦後導入もしくは普及した野菜でも、単なる欧米へのあこがれからではなかったことが私にはうれしい。

 もう一つ、最低限のカロリー、養分だけで満足しなければならなかった時代、身体を維持するだけで精一杯の時代ではなくなり、健康野菜などという贅沢をいえる社会になってきたこともうれしい。
 しかし苦々しくもある。かつての栄養不足による病気が栄養過多による病気になる、そもそもこんなことがあっていいのだろうか、などと考えてしまうのである。そして健康野菜だ、サプリメントだと騒ぐ。戦中戦後の食糧難時代を経験しているものにはこれがどうしても納得できない。といっても、飢餓を知っているものだからついつい過食になり、栄養過多になってしまう、この気持ちもわからないでもない。しかし、飢餓を知らない世代も過食になる(偏食といった方が正しいのかもしれないのだが)、健康問題をかかえる、これが大きな問題なのである。

 それより何より、健康野菜などという言葉が出てくること自体にそもそももの疑問を感じる。
 いうまでもなく、野菜はビタミン、ミネラル、食物繊維、抗酸化成分等々健康維持に不可欠の養分をもっている。山菜にしてもそうだ。たとえば何度かこれまで触れてきた雑草のヒョウ=スベリヒユ(註4)は、抗酸化物質の一つであるグルタチオンやω-3脂肪酸、ビタミンB、マグネシウム、鉄分が豊富で、血液循環や老化防止、脳神経細胞の活発化、抗菌作用、解毒作用、消炎作用、利尿作用等々に優れた効果があるとのこと、まさに健康野草、健康山菜なのである。しかし、残念ながら世間的にはそのように評価されていない。でもそれはそれでいいと思う。私たちの食べている野菜、山菜すべてがそれぞれ異なる独自の組成のビタミン、ミネラル、食物繊維、抗酸化成分等々健康維持に不可欠の養分を含んでいるのであり、そういう意味ではすべての野菜(ここでは山菜も含める)が健康野菜だからである。
 もちろん、一種類の野菜の養分や効果だけで健康が維持・増進できるわけはない。しかし、他の野菜には他の養分を多く含み、健康に寄与する別の効果もある。そうすると、これらそれぞれ異なる効能をもつ野菜をうまく組み合わせて食べることこそが健康を維持増進させるものだということになる。果実についても同じことがいえるし、それらと澱粉、動物・植物タンパク質、脂肪等々の主要な供給源である穀物、乳肉、魚介類等々のバランスのとれた食事を取ること、当然のことながらその安全が保証されていることが重要だということになる。
 もちろん体調や体質に応じてある病気の予防や治療に効果のある特別な栄養素に富んだ野菜いわゆる健康野菜を摂ることは必要であるが、基本はバランスのとれた食事を規則正しくいかに摂るかなのである(好き嫌いの激しい私、実際にそうしているかどうかは別にして)。

 ところが今、日本人の食は、輸入農産物や糖分・脂肪・添加物の多く含まれるファーストフード・ファミレス食、コンビニ弁当、インスタント食品、スナック菓子、ソフトドリンク等々に多く依存するようになっている。その結果が生活習慣病をはじめとする健康問題の発生だった。
 そうなると、健康食品とかサプリメントとかに熱をあげるよりもまずこうした食生活を改めることこそが必要となる。そして世界に誇る日本の食文化を復活、発展させていかなけれぱならない。
 そのためにも、せめて朝晩まともに家庭で食事がとれるような賃金と労働時間の保障が、また安全安心の野菜をはじめとする農畜産物を十二分に供給できるような農業・農村の確立が、つまりは社会の変革が必要なのではなかろうか。

(註)
1.この背景には、戦災からの復興、国内農業生産の復活による食糧難の緩和、アメリカ農産物の消費拡大のための戦略展開などがあるのだが、こうした時代のことについては本稿の第一部、第二部を始め各所で書いているので省略する。
2..特に定義されてはいないが、ここでは「一般の野菜よりも何らかの面で健康の維持増進に効果があるとされている野菜」ということにしておこう。

3.14年5月12日掲載・本稿第六部「☆濡れ落ち葉、庭仕事、買い物」(3段落)参照
4.11年9月26日掲載・本稿第三部「☆山形内陸部の雑食性」(2段落)、
  16年6月13日掲載・本稿第八部「☆山形内陸のヒョウ、スズギ」(1~3段落)参照
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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