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高齢化の進展と定年制



           続々・わびしい日々是好日(2)

            ☆高齢化の進展と定年制

 定年55歳の時期があった。一般の企業ではそれが就業規則で定められ、公務員の場合は「肩たたき」と呼ばれた退職勧奨がその年齢でなされた。
 日本人の平均寿命が65歳前後だった1970年ころまではそれでもよかったろう。死ぬまで働けでは酷であり、当時の定年後約10年間の平均余命をゆっくりのんびり過ごせるようにすべきだったからである(のんびり余生を過ごせるだけのお金が残せたかは別にして)。
 ところが、日本人の平均寿命はさらに伸び、80歳に近づいてきた。これに対応して85年に公務員の定年は原則60歳となり、一般企業の定年もそこまで引き上げられるようになった。

 それから10年くらいたったころではなかったろうか、栄養学専門の同僚がこんなことを私に教えてくれた。かつての60歳と今の60歳、その心身状態はかなり違うと思わないか、かつては60というと本当に年寄りだった、しかし今の60は年寄りには見えない、それで現在の年齢に八掛けしたのがかつての時代の年齢だと考えていいという説が唱えられていると。
 なるほどそうかもしれない。そうすると当時55歳だった私はかつての44歳、まだまだ若い、まさに壮年ではないか。これはうれしい。
 しかし、今の教え子の最上級生4年生の22歳に八掛けすると18歳未満となる。なるほど、たしかに今の学生の精神年齢は本当に幼い、この八掛け説はやはり正しそうだ、そんなことを言って同僚といっしょに腹を抱えて笑ったものだった。

 話は現在のことになるが、昨年から選挙権が18歳以上に引き下げられた。さきほどの八掛け説で行くとそれはかつての14歳・中学2年ということになる。はたして中2に選挙権を与えていいのか。ただし現在の中2の身体はかつての18歳以上、まあそれでいいではないか、もちろんこれは冗談だが。

 そんな話はさておいて、この八掛け説でいけば現在の60歳はかつての48歳、まだまだ壮年、働けるということになる。70歳でも八掛けで56歳、ちょうどその昔の定年の年齢だ。そのことだけでいえばその時期まで働くことができる、70歳定年でいいということになる。
 実際に私も70歳まで働かせてもらった。幼いころ、若いころは身体が弱く、さんざん病気して家族に心配をかけ、その後もともかく東北大の定年63歳までは生きたいものだと思ってきた私であるにもかかわらずてある。国会議員や自治体の長、会社の社長・会長でも70歳を超えているものがたくさんいるではないか。今の60歳定年退職者にも十分に働く能力・気力のある人がたくさんいるはずだ。ましてや今は栄養事情や医療水準が格段によくなった時代、60歳を定年としなければならない時代ではなくなってきている。60を過ぎても、これまでの職場であるいは新しい職場でまだまだ働けるはずである。しかも働く場はある。今の長時間労働を減らして、たとえば過労死までさせるような異常な超過勤務時間を減らして、それをこれまでの定年退職者の雇用に回せばいい。

 もちろん、必ず働くべきであるなどとは思わない。体力からしてもう働けなくなった方はもちろん、仕事をやめてゆっくり趣味等を楽しみながら残った人生を楽しみたいという方は60歳を過ぎたら退職していただいていい。40年も働きづめに働いてきたのだ。これまで積み立ててきた年金でゆっくり過ごしてもらいたい。
 また若い人たちと同じように働くべきだとも思わない。いくら昔と違うと言ってもそもそも若いころのようにはいかない。体力は落ちていて若い人たちと同じように働けなくなっているし、新しいことを考える能力は落ちている。しかし若い人たちにはない経験や知識の蓄積があり、総合力、全体を見回して考える力もある。こうしたことを勘案して、また希望に応じて、さらに若い人たちの成長や昇進を妨げないように、仕事の内容や職階を変えればいいはずである。
 しかし、企業の側はなかなかそうしようとはしなかった。相対的に賃金の高い中高年層のリストラを進めている時代、終身雇用制をやめてパートや派遣労働者などの簡単に首の切れる低賃金労働者を主体にしようとしている時代、定年延長などなかなかしようとしない。
 そこで政府は、65歳までの安定した雇用を確保するために継続雇用制度の導入や定年年齢の六五歳への引上げを義務づけるようになった。
 とは言っても、それは働く人の立場から定めたものではなく、年金支給年齢をこれまでの60歳から65歳まで引き上げるためのもの、60歳で定年退職させられた人たちが食えなくなることに対する不満を抑えるためのものだった。
 だから、継続雇用のほとんどは嘱託とかパートタイマーあるいは下請け企業での再雇用で、勤務時間・時間当たり給与は定年前の半分以下、まともな働き口ではない上に年金は入らずとくるのだから、生活はきわめて苦しいということになる。
 それだけではない。定年後の65歳以上を二つに分け、65~70歳までを前期高齢者、70歳以上を後期高齢者とし、前期高齢者の医療費負担をこれまでの1割から3割に引き上げたものだから、65歳以上になっても、身体の調子が悪くて働けなくとも、働かざるを得ないことになる。しかしろくな働き口がない。

 3~4年前、日本老年学会・老年医学会が高齢者の定義の見直しを検討しているというニュースが流れた。65~74歳でも心身の健康が保たれ、社会活動が可能な人が大多数であるとし、65~74歳を准高齢者、75~89歳を高齢者、90歳以上を超高齢者とするという提言をしたというのである。私はそれにとくに異論はない。ただ一つ心配なのは、その提言が政府によって利用され、年金受給年齢や医療費負担の引き上げ、社会保障の対象の削減に利用されないかということだった。
 その危惧はどうも的中しそうである。内閣府が高齢者の定義を70歳以上に引き上げると提案したという昨年末の新聞報道がそうだ。現在の65歳以上の年金受給年齢や医療費負担、介護サービス等々を70歳以上とし、70歳まで働くようにして生産年齢人口の減少に対応するというのである。現在でさえ、60歳以上が働きたくともまともな働き口がなく、ましてや大企業はこれまでの終身雇用制をやめアメリカ的能力主義なるものを導入して中高年層のリストラを進めようとしており、他方では働けなくなっていても職を探して働かざるを得ない状態におかれている。それなのに、一体これからどうすればいいというのだろうか。

 ある世論調査では、8割の人が老後が心配と答えたという。それはそうだろう、退職金はもちろん公的年金すらどうなるかわからないし、老後のためにと貯金しても利息もろくに入らない、生活費でいっぱいで貯金もろくにできない、退職後まともに働けるかどうかわからない、病気になったときの不安もある。金融機関等々はこうした不安に乗じて株投資等々の資産運用を勧めて利益をあげようとしているようだが、いずれにせよ年寄りはますます生きにくくなる時代になりそうだ。まさかこんな時代になるなど考えないでみんな働いてきたのだが。

 たまたま私はすでに75~89歳の高齢者に属しているので、ともかく年金受給、医療費負担、介護サービス等は今まで通りのようである。しかし、いつどうなるかわからない。年金の減額、医療費負担の引き上げ、介護サービスの切り下げ等々、いつ私たち75歳以上の高齢者に襲ってくるかわからない。そのうち90歳まで働けということになるのだろうか。と言われても雇ってくれるところはないだろうし、どうしたらいいのか。
 私の場合はちょうど平均寿命にもなっていることだし、時代がもっと悪くなる前におさらばする以外ないのだろう。とは言っても、おさらばの時期を自分で決めるわけにもいかず、困ったものである。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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