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指の押すまま 気の向くまま



            続々・わびしい日々是好日(11)

            ☆指の押すまま 気の向くまま

 東北農業のその昔のこと、私個人に関することで思い出したこと、考えたことを、つまらない取るに足らないことであっても書き残しておこうとぽつりぽつり書き始めてからもう11年、それをブログに公表し始めてから6年を経過した。病気で倒れたり、死んだりしたらそれで終わりと思っていたのだが、こんなに長く続けられるとは思ってもいなかった。
 一体どれだけ書いたのか計算してみたら、昔風に言うと400字詰め原稿用紙約7500枚、30万字、A5版400頁の本にしたとして8冊分ということになる。何の役にもたたないこと、つまらないこともあったろうが、筆に任せてよくもまあ書きも書いたもの、書くことがあったものである。我ながら感心している。

 それにしても、こんなことをして何の役に立つだろうか、絶えずそんなことを自問自答してきた。
 そもそもは、私の生きてきた激動の75年(もう80年を過ぎたのだが)、この間の私の直接間接の体験、感じたこと等を記録しておきたいということから始まったものだった。私しかしていない体験などもあったはず、これを忘れないうちに、まだ生きているうちに書き残しておきたいと思ったのである。それを私の後輩研究者に見せたら公開したらどうかという話になり、ブログを開設してくれた。私もそれに乗った(註1)。
 若い人たちのなかに一般庶民の書いたさまざまな記録をひもとく人がいるかもしれない、その記録の一つとして私のこのブログが目に留まり読んでくれる人がいるかもしれない。その方たちが、私たちの生きた時代のことを生き生きと思い浮かべるために役立てば、さらに私たちが思いつかなかったこと、洞察しえなかったことを明らかにする一助にでもなればこんなうれしいことはない。
 また、私と同世代の方たちがこれを見て私たちの育ったころのこと、経験してきたことを思い出し、ともに懐かしみ合うと同時に、ご自分もこうしたさまざまな体験や思いを書いて記録に残そうとするきっかけになってもらえばこれまた幸せである。
 こんな思いでこれまで書き綴ってきたのだが、はたして本当に役にたってきたか、これから役にたつだろうか、もちろん自信はない。ましてや農業・農村、食糧問題に関心をもつ方が減り、さらに私と同じような体験をした世代、先輩世代の人々が少なくなる中で読まれる方々も減っていく。こんなときにこんなことを書いて何の役に立つのか。そう考えると、書く意欲も薄れてしまう。

 しかし、とここで考え直す、間違いなく言えるのはこれを書くことが私のボケ防止に役立ってきたということだ。しかも、机に座ってものを書くということは定年退職の70歳まで50年近くやってきたこと、それを続けるだけなので定年延長みたいなもの、仕事場が大学の研究室ではなくわが家の二階の書斎になっただけ、誰に迷惑をかけるわけでもない(もちろん、ブログ開設では後輩の研究者に迷惑をかけ、今もパソコン操作等でつまずいたときにお世話になっているが)、それだけでもいいではないか。何もしないで毎日過ごし、「老人閑居して不善をなす」で老害を引き起こしたり、認知症等で早くボケてみんなに迷惑をかけたりしないですんでいることだけでも社会に貢献していることになるからだ。

 まわりを見回すと、みんなみんないなくなりつつある。先輩が、同級生が、さらには後輩、教え子までもが、あの世へ逝って、あるいは遠くに住む子どもたちに引き取られて、私の前から去っていく、ぽつりぽつりと欠けていく。
 「悪い奴ほどよく眠る」で悪い奴ほど生き残っていい奴は先に逝く、などとよく言われるが、そうなると今まで生きた私はどうなのだろうか。やはり私は悪い奴だったようである。
 それはそれとして、昭和初期の、戦前から戦後にかけての、高度成長から今の新自由主義の時代までの庶民の記憶が、歴史の生き字引がぽつりぽつりと、ひっそりと消えていっている。
 やがて私もそうなる。そうなる前に書けるだけのことを書いておかなければと思ってメモしてきたこと、途中まで書きかけてそのままになっているもの、これがまだかなりある。メモはしていないが、これもあれも記録しておこうと思うことが多々ある。
 もう10年以上にわたってこれだけ書いてきたのだからそろそろ種切れかと思ったのだが、80年も生きているとそれなりに書くことがあるものだ。何か一つ思い浮かぶといろいろと連鎖反応でさらに思い出す。もちろん、そのなかにはとるにたらないつまらないこと、みんな知っていること、書いても何にもならないことがあるかもしれない。それより何より心配なのは記憶違いだ。間違っていることを書いたりしたら迷惑をかける。だとしたらブログで公表しなければいい。自分が一人で眺めて満足している分にはさしつかえない。
 しかし、やはりそれだけでは満足できない。誰かに見てもらいたい。この自己表現欲、自己顕示欲、我ながらいやになる。でも、その欲は人間の本能的なもの、もう齢も齢だし、我慢しないで今まで通りブログに書かせてもらおう。他人の目にさらすことで恥をかくこともあろうが、そうならないようにするために、また多くの人にわかってもらうために、もっといろいろと思い出そうとする、間違わないように努力する、わかってもらうために懸命に説明しようとする、文章も考えるということにもなり、単なる個人的な備忘録よりもましになるかもしれないからだ。ましてや私の文が読んでいただく方の何かお役にたっているかもしれないと思うと張り合いもあるので、元気が出てこれがまた私のボケ防止になって社会に貢献することになるかもしれない。
 こんなことから引き続いて本稿を書き続け、ブログの掲載も続けようと思っている。

 しかし、前に述べたように「日残リ少ナクシテ 昏ルルハスグ近シ」である、急がなければならない。
 脳裏から記憶がかなり消えて行っているからなおのことだ。思い出そうと思っても思い出せなくなっている。10年前から書きはじめていておいてよかったと今しみじみ思っている。そうでなかったら、これまで書いてきたことのかなりの部分が脳裏から消えていて、書き残すなどできなかったかもしれない。もっともっと早くから始めていればよかったのにと思うが、後悔は先に立たず、今からでもがんばって少しでも記憶をよみがえらせる努力をするしかない。
 記憶が正確でなくなってきた感じもする。またわからなくなったこと、そもそも知らなかったこともわかってくる。言葉もうまく出てこなくなっている。それを確かめるために、本や資料、調査ノートをひっくり返したりすることが必要になる。その点で便利なのはパソコンだ。ネット検索で短時間で簡単にわかる(註2)。これは本当に助かる。さらにいいことに知り合いのその道の専門家(註3)がいる。これまでもさんざんお世話になったが、これからも老人介護の無償奉仕だと思ってよろしくお願いしようと思っている。

 心配なのは、こうした努力をしてもきわめて不確かなことや間違ったことを書いてしまったりする場合があるのではないかということである。もしもそれに気づかれた方があったら、ぜひコメントで教えていただきたい。すぐに訂正したいと思っている。
 もう一つ、前に書いたのを忘れてしまっていたり、どこかに書いたはずだと思っても探せなかったりして重複して書いてしまうことが心配となる。そのときにはこれも齢のせいということでお許し願いたい。もちろんそうならないように努力はするが。
 また、本稿の題名である「東北農業」と直接的なかかわりのないこと、「七十五年」と書いたが八十年を過ぎてしまっていることについては前にその理由を書かせてもらったが、あらためてご了解願いたい(註4)。
 さらにもう一つ、お断りばかりで申訳ないが、論理的に組み立てて順序だてて書くことは難しくなっていることもご了解願いたい。そもそも一定の全体の構想のもとにある程度書いてそれを論理的に整理し、改めて章別編成などして発表するなどということを考えて書いてはこなかったのだが。
 まさに思いつくままに書いてきた。だから話があっちに行ったりこっちに行ったりすることが多かった。それでも何とか筋道がたつようにと努力してきた。しかし思考力の衰えと私に残された時間等から考えてそれはますます難しくなっている。体力からしてもそうだ。長時間机に向かっていると目はかすみ、腰は痛くなり、頭がぼうっとしてくる。
 そんなことから「筆の動くまま 気の向くまま」(いや、筆はとらずに指でパソコンのキーボードに打ち込んでいるのだから「指の押すまま 気の向くまま」と言うべきだろうが)書かせていただくことにする。
 となると章や節が短くなったり長くなったりして読みにくくなることもあろうが、これもお許し願いたい。

 それから、今は毎週一回を原則に掲載しているが、体力や気力の状況からいつかその回数を減らすことになるかもしれない。そのさいにはその旨お断りさせていただく。
 また、ある時突然何の断りもなしに掲載されなくなる時があるかもしれない。それは病院行きかあの世行きということからだろう。前者であれば復活した時にお詫びということになろうが、後者はそうはいかず、そのときには自然消滅ということになる。第六部の末尾にも書いたのだが(註5)、そのときにはこれまでの御礼もせずに失礼することを何とぞよろしくご容赦願いたい。
 それはまだいい、もっと心配なのは、もしかして認知症などが始まって、変なこと、脈絡のないことなどを書き始めたりしないかということだ。それに気が付いたらすぐにこのブログを閉鎖してもらうように、このブログを開設してくれた後輩のNK君に頼もうと思っている。

 そんなことを前提にして、これからまた子どもの頃を始めとするこの80年間のことを思い出しながら、書き落としたこと、改めて考えたことを、また年寄りの目から見た今の世の中についての感想等々を書いていくことにする。
 今後とも私の「わびしい日々是好日」に、そして私の生きがいともなってしまった本稿におつきあい願えれば幸いである。

(註)
1.この経緯については下記の本稿の下記掲載記事で述べている。
  11年4月7日掲載・本稿第一部「☆第一部を終えるにさいして」
2.問題も多々あるが、このことについてはまた後で別途取り上げたいと思っている。
3.たとえばこれまで本稿に何度も登場いただいた農経研究者のST君、NK君、IF君や網走在住のWMさん、畜産学者のSK君、高校・大学同期で医師のAH君、居酒屋の亭主Aさんなどがいる。
4.12年9月28日掲載・本稿第四部「☆どっこい「農家」は生きている」(5段落)参照
5.14年7月21日掲載・本稿第六部「第六部を終えるにあたって」(12段落)参照
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コメント

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これからもたのしみにしています!
  • 2017-05-16 19:54
  • くもり
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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