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辛くてうまくて臭うネギの仲間




             においの記憶(6)

         ☆辛くてうまくて臭うネギの仲間

 たくあんの臭いで困ったことがあると前回書いたが、もう一度漬物の臭いで困ったことがある。それはあのたくあん事件から40年近く経ってからのことだった。

 沖縄県に「島らっきょう」と呼ばれる野菜がある。一般的なラッキョウより小型で細く、ネギに似た強い辛みがある沖縄独特の品種とのことであり、主に塩漬けして鰹節をかけて食べる。
 ご存知の方も多いと思うが、この島らっきょうの塩漬け(葉がついたままの鱗茎を漬けている)、本当にうまい。辛味と塩味がミックスして何ともいえない味わいであり、ご飯のおかずとしてはもちろん、酒のつまみとしても最高である。沖縄で飲み屋に入ったらスクガラス豆腐(註1)といっしょに注文し、泡盛のつまみとする、これが習慣となっている。
 問題は仙台に帰ってから島らっきょうが食べられないことだ。スクガラスはその瓶詰を空港でお土産として売っているが、島らっきょうの塩漬けは売っていなかったからである。
 でも、那覇の中心部にある牧志公設市場(ここは本当に楽しいところ、勉強になるところである)では売っている。それがわかったある時、帰りの飛行機に乗る前にそこに立ち寄り、お土産に買ってタクシーに乗った。空港近くになったころである、車の中が島らっきょうの臭いに包まれてきた。そうなのである、島らっきょうの塩漬けは臭うのである。でも、食べているときはそれほど気にならなかったし、店の人もきちんと包むから大丈夫と言っていたので安心していた。ところが、ニンニクとニラの臭いを混ぜ合わせたような臭いがしてきたのである。たくあんの臭いにも近い。困ったなと思っているうちに空港に到着、すぐに搭乗手続きをして機内に向かった。お土産の包みからは臭いがただよってくる。乗ったらどうしよう、何しろ機内は密室、臭いが充満するはずだ。解決の方法が考えつかない、そのうちに機内に入った。ともかく、頭上の収納棚に入れて扉を閉めてみた。とたんに臭いはしなくなった。さすがである、収納棚であっても気密性が高いのだ。まったく外に臭いが漏れない。安心して約3時間を過ごした。いよいよ羽田到着である。まわりの乗客がぞろぞろ降りる。でも私は座ったまま、一番最後に立ち上がった。そして収納棚の扉を開けた。とたんに強烈な臭いが機内に広がった。搭乗口に向かっていた乗客の何人かが、あれ、何の臭いだろう、と騒いでいたが機外に出たので忘れたよう、私は自分の荷物が臭いの発信源ではないような顔をして降りた。これで一安心、もちろん荷物は臭うが、外に出たために薄められるし、行き交う人々が多いので臭いの犯人もさがせず、私は知らん顔して、モノレール、電車に乗って娘の家に着いた。娘たちはうまいうまいと食べていたが、もう二度とお土産にするのはやめようと決心した。

 しかし、最近は臭いがもれないように密封した島らっきょうの漬物を売っている店があるので、安心してお土産として買って帰れるようになった。
 さらに最近は、生協ストアで島らっきょうそれ自体を売るようになった。10個くらいビニール袋に入って売られている。見つけたらすぐに購入、薄皮をむいて塩漬けにする。翌日、晩酌のつまみとして食卓に載る。酒がうまい、ご飯も進む。
 前に、エシャレット(=生食用の軟白栽培ラッキョウ)について話した(註2)が、島らっきょうとは味噌をつけて食べるか塩漬けで食べるかが違うし、大きさ、硬さ、辛みも違う、つまりうまさの質は若干違うけれども、これもうまい。しかし、エシャレットは島らっきょうのように臭わない。品種の違いのためなのか、塩漬けか生かの違いからくるのか、私はわからない。

 前に話したが、私の生家ではラッキョウを栽培したことがない、だから一般に食用にしている甘酢漬けをつくったこともない。それで、その漬ける過程でどのような臭いを発するのかわからない。
 もちろん食べてはいた、もらったのか買ったものなのかわからないが。甘酢っぱい臭いがするが、それほどいやな臭いでもない。
 家内に聞いてみると、実家ではラッキョウをつくっており、それを漬けて食べていたという。塩漬けにしてそれから甘酢に漬けるのだというのだが、塩漬けにしたものを取り出して漬けるときには強烈な臭いがした記憶があるとのことである。ラッキョウは塩漬けにすると臭うものらしい。
 島らっきょうの塩漬けが臭うのは当然のことだったのである。

 エシャレットのように味噌をつけて辛い球根(鱗茎)を生で食べる、これで思い出すのはノビル(註3)だ。、
 まだ幼い子どものころ、畑に仕事をしに行く家族の後をついて遊びに行ったときのことである。6月ころだったと思う、畑のまわりの土手はびっしりと雑草が生えてきている。その中にひょろひょろと伸びた長細い緑色の茎のてっぺんに紫色の粒(花芽なのだが)の小さな丸い塊り(ネギ坊主を小さくしたような)の冠をつけた草がツンと立っている。それを見つけると「ヒル(私の生家の地域ではたしかこう呼んでいたはずだ)見つけだ」と叫んでその下の土を掘り始める。するとビー玉のような根っこが出てくる。これが目当てだ。それを手に持って高く上げ、近くで働いている祖父に叫ぶ、「ヒル採ったよ」、祖父の大好物だと知っているからだ。祖父はにこにこしながら応える、「んだが(そうか)」、それがうれしい、また探し始める。
 夕食には祖父の前の小皿に数個の真っ白いヒルの根と味噌が乗っており、それを祖父はぽりぽりかじりながらお酒を飲み(たまにしか飲まないのだが)、ご飯を食べる。何であんなに辛いのを食べるのだろうと不思議に思いながらも、祖父のおいしそうな顔を見るとまた今度採ってあげようと思う。
 それから四半世紀も過ぎたころ、まだ小さかった私の子どもといっしょに仙台の住まいの近くにある浄水場まで散歩していた時、その土手に生えているノビルを見つけた。子どもにそれを教えていっしょに採り、その夜味噌をつけて食べてみた。祖父が喜ぶのがよくわかった。辛かったが、味噌とぴったりあい、まさに大人の味だった。
 それからまた何十年か経って初めて食べたエシャレットに味噌、これはノビルを思い出させ、本当になつかしかった。
 考えてみたら当然である、ラッキョウもノビルも同じネギ属なのである。ノビルも塩漬けにしたらやはり臭うのではなかろうか。

 ところで、今ノビルはネギ坊主を小さくしたような花をつけると書いたが、ノビルはタマネギやネギと同じネギ属、ネギ坊主ができて当然である。そうなればラッキョウも同じネギ属、ネギ坊主をつけるはずだ。残念ながら私は見たことがないし、家内も記憶にないという。そこでネットで検索してみた。そしたら何と、ノビルと同じような紫の花蕾を葉のてっべんに団子状につけるのだそうである。似ている、エシャレット=ラッキョウと味噌、ノビルの鱗茎と味噌、その味がそっくりなのは当然のことだったのである。

 ネギ坊主といえば、生家で栽培し、販売もしていたタマネギとネギを思い出す。種子用としてあるいは収穫し損ねて春を迎えたタマネギとネギは大きな白いネギ坊主(球状の花房)を太い空洞の葉の先につける。
 このネギ坊主、私は好きだ。春を知らせてくれるものだからだ。蝶々がそのまわりを飛び交う頃、本格的な春の訪れに何か心が浮き立つような気がしたものだものだった(註4)。またノビルのネギ坊主は、紫色がいいし、初夏の近さを教えてくれる。あの形はおもしろいし、花もよくよく見ればきれいである。
 でも、このネギ坊主は食べない。だから種子用でないかぎり雑草として廃棄される。
 ただし、ニラ(同じネギ属)のネギ坊主(=ろうそくの炎を小さくしたような形をした小さな花房、最初は白い表皮に覆われているが、やがてそれが破れて花が何個も団子のように咲く)だけは食べる。花が開く前に茎の下の方から切り、花房もいっしょにゆでておひたしにして食べるのである。これは本当に甘くておいしい。初夏のころの楽しみだった。最近は生協ストアでも売るようになったが、まだ食べたことのない方にはぜひ試食してもらいたいものである。
 もちろんニラはネギと同じくその葉を私たちは食べるのだが、ハチにさされたらその葉っぱをとって汁が出るくらい手で揉み、それを刺されたところにつけろ、そうすれば腫れや痛みがひくと年上の子から教わっていた。それで試しにやってみたときの強烈な臭い、それは薬効があると私たち子どもに納得させるほどのものだった。

 さて、ラッキョウ、ノビルと同じく鱗茎を食べるタマネギ、これはアジアの原産で明治期に伝来したものとのことだが、日本人のとくに子どもの好きなカレーライスや煮込み料理に入れられ、みそ汁の実にも合い、今や私たちの食卓には欠かせないものとなっている。
 しかし、私たちの子どもの頃はタマネギは敬遠物だつた。台所で母や祖母がタマネギの薄皮をむいてまな板で切り始めると、すぐに逃げ出したものだった。鼻に辛い臭いがツンときて涙が止まらなくなってしまうからである。映画俳優は涙を流すシーンを撮るときタマネギを切って目のところにくっつけて涙を流すのだという話を私たちは信じていた。だから薄皮をむいて真っ白になったタマネギ、きれいではあるがなるべく近寄らないようにしたものだった。
 このように涙が出るほどきつい刺激臭がするし、生では辛くて食べられないのだが、そのにおいはそれほどいやなものではなく、ましてや煮ると甘く、柔らかくなるだけ、口臭など一切なし、タマネギと悪臭とは結びつかなかった。

 ところで、最近のタマネギは切っても涙が出ない。品種改良のせいだろう(私の嗅覚が鈍感になったせいではないと思うのだが)。水にさらせばなおのことだ。「タマネギを切ると涙が出る」といっても今の若い人たちはピンと来なくなっているのではなかろうか。これはちょっと寂しいのだが、私は辛みの少なくなった今のタマネギを楽しんでいる。涙を流さずに生でその独特の辛味を味わえるようになったからだ。新タマネギを薄くスライスしてその上に鰹節をかけ、醤油をかけて食べるのだが、熱燗の日本酒のつまみ(もちろんビールでもいいが)にぴったりである(註5)。

 このタマネギ、ネギ、ニラはともに私の生家で栽培、販売していた。当然私もその作業の手伝いをさせられたのだが、気になるのは手に残る臭いだった。それくらいしか気にならず、食べたら口から臭いが発せられる危険性があるなどということに子どもの頃はまったく気が付かないで過ごしてきた。

 高校に入ったばかりのころである。朝教室に入ったら同級生の一人から言われた、「今朝のご飯のおかず当ててやろうか、ネギと納豆だったろう」。たしかにその通りだった。納豆に刻んだネギを入れて醤油をかけ、それを温かい白いご飯の上にかけて食べる、これはうまいし、きわめて簡単、ネギの辛味もあって食欲も進み、朝食にはぴったり、ということでときどきおかずとして出されていたのである。その臭いが私の口からするのでわかったというのだ。
 ネギが口から臭うなどと私は考えたこともなかった。同級生は「そんなにいやな臭いではないから、気にしなくともいいよ」とは言ってくれたが、かなり気になった。
 口臭と食べ物と言えば代表的なものがニンニク、それすら子どもの頃はまったく認識しないで過ごしてきたのだが、このときからだった、口臭を意識するようになったのは。それは本格的な思春期に入ったことを示すものだったのだろう。

(註)
1.15年8月10日掲載・本稿第七部「☆寄せ豆腐、ゆし豆腐」(2段落)参照
2.17年1月23日掲載・本稿第八部「☆ラディッシュ?、エシャレット?」(8段落)参照
3.10年12月16日掲載・本稿第一部「☆遊びから始まる田畑の手伝い」(1段落)参照
4.娘が幼いころ(60年代後半)に買って読んでやった絵本に蝶々とネギ坊主の絵があり、それにこんな詩が書いてあった(作者と画家の名前は憶えていない)。何となく好きで、家内とともにいまだに忘れられずに覚えている。でも、そのうち脳裏から消えてしまうだろう。それは何となくさびしい。そこでここに記載させていただくことにする。
 「ねぎのぼうずに ちょうちょがとまった
  ひとつとまって かんざしでござる
  ふたつとまって りぼんでござる」
5.薄く切ったサラミソーセージの上にスライスしたタマネギを載せて食べるのもいい。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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