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おてんとさまの匂い




            続・においの記憶(1)

           ☆おてんとさまの匂い

 雪解けの3月、畑の土が見えてくる。雪解け水をしっぽり含んだ畑のやわらかい真っ黒な土をおてんとさまが暖かく柔らかく照らす。かげろうだろう、景色がゆらゆらと揺れて見える。同時に、いつもと違う畑の湿った温かい土のにおいが立ち上ってくる。特別いい匂いでも何でもない。でも子ども心にふと考えてしまう、これは春のおてんとさまの匂いなのではなかろうかと。

 青い空のどこか高いところから聞こえてくるひばりの声、目の前の畑にはやわらかい麦の緑がおてんとさまの光を受けて輝きながら青い匂いを発するようになる5月、畑にさまざまな野菜の緑が見られるようになり、畑はやがていろいろな作物のにおいをただよわせるようになる。おてんとさまはにおいつくりの天才なのではなかろうか、そんなことを子ども心にふと感じさせたものだつた。

 太平洋岸の仙台と違って日本海側の山形内陸の梅雨は少ない。それでもやはり6月から7月にかけては雨の日数は多くなる。家の中はじめじめしてくる。北側の押し入れなどはかびくさくもなってくる。かつての家屋は床下が低かったので、風通しも悪く、湿気がたまりやすかったからなおのことだ。それなら高くして床下の風通しをよくすればいい。しかしそうすると冬は床下に寒気が入ってきてどうしようもなくなる。床板を頑丈につくればいいかもしれないがそんな金もない。湿気では死なないが、寒さでは死ぬ。湿気やかびくさいぐらいはがまんしなければならないのだろうが、毎日雨が続くとやはり憂鬱になる。
 そのなかの3~4日晴れが続いたある日の朝、家中の布団をトタン屋根の上にあげて布団干しをする。私たち子どもも手伝わされる。これは楽しい。屋根などにめったに上がれないのに今日は手伝いだから公認だ。はしごを上ったり下りたりしながら、いつもは見られない視点からのまわりの景色を眺めながら、屋根の上に一面布団を敷き詰めていく。高いところはちょっとこわいけど、これも冒険、この非日常がまず楽しい。
 一時間もしてまた屋根にあがるとぺっちゃんこだった布団はふっくらとふくれ、ふかふかやわらかい。そして暖かい。その布団に横になる。いい気持だ、太陽が照り付けるが、真夏と違ってきつくない。布団からはいつもとはまったく違ういい匂いがしてくる。これはおてんとさま(お天道さま)の匂いなのだろうか。このときにしかかげないこの匂いをいっぱい吸い込みながら目をつむる。気持ちがいい。子ども心にも幸せを感じる。そのうち顔が太陽の光で熱くなってくる。そこで今度は布団をごろごろころがったり、あっちへ行ったりこっちへ行ったりで遊び、やがて下に降りて別の遊びにうつり、布団干しのことなど忘れてしまう。
 夜、布団を敷いて横になるとふっくら温かく、おてんとさまの匂いがまだ残っている。それをまた楽しみながら目をつむる。
 翌日になると布団はまたぺっちゃんこ、あのいい匂いもなくなり、また日常に戻っていく。

 同じく梅雨の合間のある日、庭に空の木箱が並べられ、その上に竹すだれが敷かれる。さらにその上に庭の梅の木から採って漬けておいた梅干しが並べられる(註1)。時間がたつうちに梅の色は真っ赤になってくる。シソの葉っぱはからからに乾いてくる。あの赤い色はおてんとさまの色であり、ただよってくる塩っぱそうな、酸っぱそうなにおいはおてんとさまのにおい(「匂い」ではないが、「臭い」でもない)であり、乾いて塩を吹いている赤黒いシソの葉っぱの酸っぱいにおい、そして日向のにおい、知らず知らずのうちに口のなかにつばがたまる。そこにシソの葉っぱを放り込むと、熱い、酸っぱい、塩っぱい、思わず顔をしかめながら口の中で味わい、つばを飲み込む。乾いたシソの葉がつばを吸って膨らみ、もう味がなくなったころ、ごくりと飲み込む。これもおてんとさまの味を感じさせる、ちょっと刺激の強いおてんとさまだが。

 生家で飼っている山羊と兎、牛に食べさせる草は毎朝祖父が田畑に行ってそのあぜ道などで刈り取り、背中一杯に背負って帰ってくる(註2)。真夏になるとたまに父や母も刈り取ってくる。おてんとさまはそれだけ草を生えさせるのである。そういうたくさんのときの草のかなりの部分は直接家畜に食べさせることなく、小屋の前の道端に広げて並べられる。やがて草についていた露が太陽の光と熱を受けて乾いてくる。そのうちからからになってくる。同時にいい匂いがしてくる。刈ったばかりの朝露に濡れた生草のみずみずしい匂いとはまるっきり違った匂いとなっている(註3)。これはたまらない。水分が抜けていい匂いの成分だけが残るのだろうか。山羊や牛が好きなのは当たり前、私たちでさえ食べたくなる。真夏の強烈な太陽の光と熱を吸った代わりに出すのだろうか、乾いた草、干し草はこげついたような甘さを含んだやわらかないい匂い、思いっきり胸に吸い込みたくなる。
 この干し草の匂いも私にとってはおてんとさまの匂いだった(夏の匂いでもあったが)。

 おてんとさまっていろんな匂いに化けるようだ。そしてそれはみんないい。
 こう書きたいところだが、必ずしもそうではない。おてんとさまという優しい言葉を使いたくない、灼熱の太陽のにおいとしかいえないものもあった。

(註)
1.11年5月23日掲載・本稿第二部「☆自給生産の壊滅」(2段落)参照
2.15年2月23日掲載・本稿第七部「☆道端の草むら、山羊の『黒豆』」(3段落)参照
3.10年12月3日掲載・本稿第一部「☆幼いころの農の情景」(5段落)参照

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コメント

[C79]

干し草のにおいの描写に驚かされました。
年を取ってから気づいたためか、読ませていただき、そうだよなあと、後追いで同感しております。
今度晴れたら、干し草をつくってよく嗅いでみます。
  • 2018-06-12 21:42
  • shusaku ito
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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