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地場産・国産・外国産の蒸留酒



            戦後昭和の酒と村・街そして私(23)

            ☆地場産・国産・外国産の蒸留酒

 焼酎は酒から、ウイスキーはビールから水気をとってつくる、だから焼酎とウイスキーは強いのだそうだ、などといういい加減な知識を得たのは戦後すぐ、小学校高学年ころではなかったろうか。焼酎の名前はカストリなどとあわせて戦後の新聞から知り、ウイスキーは進駐軍・アメリカ兵の飲むものとして知り、焼酎は酒つまり米、ウイスキーはビールつまり麦が原料だが、ともに蒸留して作るもので、アルコール濃度の高い強い酒なのだそうだ等々、物知りの同級生などから教えてもらった。
 このウイスキーの本物を初めて見たのは、戦後2~3年して、叔父がそのポケット瓶を家に持ち帰ってきたときだったはずである。その瓶の格好は初めてみるもの、色は茶色、WHISKY、Suntry等のラベルの文字は「西洋」を感じさせたものだったが、日本語も書いてあったので日本製なのだということを推測させた(やがて「トリスを飲んでハワイに行こう」等のテレビコマーシャルなどでそれがさらにはっきりわかるようになるのだが)。

 このウイスキーと私のつきあいについては前に述べたように高校から、焼酎は大学の後半から割り酎などにして飲んだことから始まったのだが、この焼酎は、後でわかったのだが甲類焼酎(注1)だった。この焼酎はコトバンクによると「農産物を原料としてこれをアルコール発酵させ,連続式蒸留機を用いて高純度のアルコールをとり,これを水でうすめてアルコール分36%以下にした酒」で「大企業によって生産されている」とのことである。
 このような甲類焼酎以外に芋や麦を原料にした焼酎(乙類)があるのを知ったのは私が勤めてからのことだった。飲んだのはさらに後、70年代(私の30歳代半ば過ぎ)になってだった。私がその味を覚えたころから、そばや馬鈴薯を原料とする焼酎も人気を博するようになる等、焼酎人気が高まり、全国的に飲まれるようになってきた(注2)。
 ところでこの乙類の焼酎、前節で述べた『地酒』の定義で触れた「全国的に流通する大手メーカーでつくられる製品」ではない。また「芋焼酎」と言えば鹿児島、「麦焼酎」や「球磨焼酎」といえば九州の地名を思い出し、そば焼酎と言えば山地を思い出すというようにきわめてローカルである。しかも「芋焼酎」は地元産のサツマイモを使っている。つまり、地酒のもう一面である「その土地の材料で作られた、その土地の酒(焼酎)」でもある。それは自明のことだし、もう銘柄も確立していることから、あえて「地ビール」のように「地焼酎」などと名乗らないのだろうが、乙類の焼酎こそ本物の『地酒』、いや本物の『地焼酎』と言うことができるのではなかろうか。
 甲類焼酎がそうでないことはさきほど引用したコトバンクの定義から理解することができよう。

 なお、乙類焼酎に泡盛がある。言うまでもなく、これは沖縄でのみ生産され、黒麹を使う等その仕込み方が独特であり、味も独特である、こういうことからいえば『地焼酎』である。でも、原料がタイ米ということからするとそうは言えないことになる。
 しかし、そもそも泡盛は沖縄産の粟と米を原料としたものだった。それが明治時代末期から安いタイ米の輸入が始まり、さらに戦後はアメリカ占領下で本土からの米の移入ができなかった等から輸入に依存するようになったのである。こういう歴史的経過からして、また沖縄の気候風土から生まれた黒麹菌が使われていること、しかも泡盛は日本最古の焼酎と言われていることからして、原料がタイ米であっても泡盛は地場産の焼酎、『地焼酎』であると私は位置づけるのだが、どうだろうか。

 この乙類焼酎とまったく逆なのはウィスキーだ。
 サントリー、ニッカ、メルシャンなどの大手メーカーが外国産の大麦、小麦を使ってつくったウイスキー(それでもこれらのウィスキーは酒税法上『国産』と称していいのだそうである)が国内を支配している。そして地ビールのような大手以外のメーカーによる製造の動きはまったくといっていいほど見られない(と私は認識しているのだが間違いないだろうか)。つまり、大手以外の中小メーカーによる、そのメーカーの存在する地域産の麦を利用する、ウイスキー製造の動きはないのである。
 これは、ビールなどよりもその生産に長期の期間と多額の資本を要することから新規参入が非常に難しいことからなのではなかろうか。それで一時の地ビールブームのようなものが起きなかったのではなかろうか。
 それでも、パソコンで検索してみたら、地方の酒造会社の中に地元産の大麦や米の原料を使用したウイスキーづくりに挑戦しているところもあるとのこと、これに期待したい。そのとき「地ビール」に対応したどんな名前をつけるのか、「地ウイスキー」ではちょっと語呂が悪い、「ローカルウイスキー」とでもするか、楽しみである。もちろん、とくにそんなレッテルをつけなくともいいかもしれないが。

 ところで、大手メーカーによる「国産ウイスキー」は「ジャパニーズ・ウイスキー」として評価されるようになり、21世紀に入って輸出額が急増しているとのことである。その製品のうちの国産部分は水と労働力だけというのが残念だが、外国から原料を輸入して加工し、その製品を輸出するというのは日本のお得意芸とするところ、まあこれはこれとして喜んでいいことなのだろう。できれば国産の麦も使ったウイスキーを輸出することを考えてもらいたいのだが。

 焼酎やウイスキーは蒸留酒、そしてそのアルコール濃度はきわめて高い、しかしそれ以上に強い蒸留酒が外国にある、こんなことを大人に近づくにつれて知ることになるのだが、そうした酒の中でまず頭に浮かぶのはウォッカである。ロシアの小説家の本を読むと必ず出てくるし、満州からの引揚者の方からもよく聞かされたものだったからである。ライ麦を原料にした蒸留酒で「火の酒」とも言い、火をつけると燃えるくらいアルコール濃度が高いのだというのである。興味深々、一度は飲んでみたいものと思っていたら、大学院生のころ、私の所属する研究室の教授のHS先生(前に何度も本稿に登場してもらった恩師)に初めてごちそうになった。先生の知り合いで満州からの引揚者の経営しているバーに連れて行ってもらったのである。60度のウオッカを口に含んだら口の中が焼けるよう、同時にサクランボのような甘い香りが口の中にひろがる、こんなことは初めてだった。ついでにマッチで火を点けてみた。実験で使うアルコールランプの炎よりもきれいな青い炎だった(このことは本稿のどこかに書いたはずなのだが、それがどこだった思い出せない)。
 その後はほとんど飲んだことがなかった。十数年前、サハリンに大学の用事で三年連続で行ったときに本当にしばらくぶりでたっぷり堪能させてもらった。それからまたご無沙汰である。もう飲む機会なしであの世に行くことになるのだろうか。

 次に知ったのはテキーラである。学生時代の前半(1950年代半ば)マンボが大流行り、そのリズムに狂っていた友だちが中南米にはテキーラというサボテンを材料にした(これは間違いでリュウゼツランの一種を蒸留してつくったものだそうだが)きわめて強い酒があり、われわれが下手に飲んだら倒れてしまうそうだなどと教えてくれたのである。サボテンの熱帯とテキーラ、何かぴったり、何となく納得して聞いたものだった。後にカクテルなどでそれを使うと知ったのだが、それを用いたカクテルを飲んだことがあるのかどうか記憶がない。

 カクテルの材料と言えばジンである。60年代、ジンフィーズという甘いカクテルが流行っており、ちょっと高いが女性も飲みやすく(そのころは女性も飲むようになりつつあった)、よくバーテンがシェーカーを振っていたので、覚えたのである。麦やジャガイモを原料にしてつくったものとのことだが、ストレートで飲んだことはないのでどんな味がするのかわからない。ジンフィーズ、もう何十年も飲んでいないので、今はどうなっているのか。ウィキペディアを検索してみたら、最近日本でジン専門の蒸留所が新設されたり、日本酒・焼酎の蔵元がジン製造に参入し始めたりして、日本のジン輸出額が急拡大しているとのことである。ウイスキーに次ぐ輸出額とか、世の中変わったものである。なお、このジンはウィスキーの例で言えば「国産」ということになるが、ジンが国産、何か奇妙な感じである。グローバル化の時代、そんな感じを抱くのは古い人間だと言われるかもしれないが。

 ラム、これは小説等で読んだだけ、飲んだことはない(はずである)。サトウキビの蒸留酒とのこと、植民地支配を思いださせ、とくに飲みたいとは思わないできた。

 逆に飲みたいと思ってきたのはブランデーだった。
 葡萄酒=ワインを蒸留したものとのこと、次節で述べるようにワインといえばフランス、フランスは文化水準の高い洒落た国、きっと上品な味なのだろう、しかも当時の交通事情からしてまず行くことのできない遠い遠いあこがれの国の産物である。飲むときにはグラスを手のひらで包んで揺らし、手で温めながら飲むのが常識なのだなどと友人が誇らしげに教えてくれる。さらに、マッチの火でアルコールを飛ばして飲むとうまい、炎はきれいだ、ブランデーグラスなるものもかっこいいなどという情報も入ってくる。
 こんなことから、若いころは一度は飲んでみたいと思ったものだった。しかし、そのころは高価でなかなか飲めなかった。初めて飲んだのはいつだったかさだかではないが、蒸留酒のなかではやわらかく飲みやすいという感じだった。

 戦後の昔から比べると今は円高ドル安、輸入自由化、酒税の低下等で今述べたような外国の酒も安く飲めるようになった。これ自体はいいことかもしれないが、こうしたなかで国産の酒が、また酒造メーカーがどう対応していくか課題となっている。私たち日本人も、とくに酒飲みは、単に安ければいいとかいうことではなく、考えて飲む必要があろう(そんな飲み方では気分が盛り上がらないか)。

(注)
1.前に述べたように、焼酎の甲類・乙類という分類は廃止されているが、今も旧甲類・旧乙類という言葉が使われているのでここではそのまま使わせてもらった。
2.13年2月4日掲載・本稿第五部「☆焼酎とイモ」(3~5段落)参照
3.「焼酎甲類とは」、 コトバンクkotobank.jp/word/焼酎甲類-532539
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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