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近年の結婚事情



            村の結婚その昔(11)

            ☆近年の結婚事情

 女性の就業機会は、戦前はもちろん戦後も、きわめて少なかった。
 だから、多くの女性は学校を卒業すると花嫁修業と称して生家の家事手伝いをしながら家事を覚え、和裁や洋裁、料理などを習いに行くなどして(農家や商家など自営業者の娘の場合は自営業の労働にも従事しながら)結婚の機会を待ったものだった。
 もちろん、紡績女工、店員、女中などの就職口もあったが、その雇用契約年限は短かく、結局は生家に戻って結婚の機会を待つしかなかった。その雇用期間中に結婚するとなると、結婚退職、寿退職としてやめさせられ、あるいはやめて、花嫁修業をして結婚を待ったものだった。

 今から五年前、本稿の第六部のなかにこう書いたことがある。
 「網走在住の女性研究者WMさん(これまでも何度か本稿に登場してもらっている)からいただいたメールの中に次のような一文があった。
 『私が子どもの頃は、大きくなってお嫁さんになりたいと多くの友達が言っていました。その頃、花嫁修業中という女性は結構いたかと思います。
 今花嫁修業中なんていう人はいないですよね。お嫁さんになりたいという子どももどれくらいいのでしょう』」(注1)
 そうだった、かつては将来の夢、大人になったら何になりたいかのアンケートに対する小学生の女の子の回答の大半は「お嫁さん」だった(先生とか看護婦さんとか、スチュワーデスなども多かったような記憶もあるが)。
 女はみんな大人になると花嫁になっているから、きれいな花嫁衣装が着られるというあこがれから、こういう答えが出てきたのかもしれない。

 やがて、いつ頃からか将来アンケートの回答項目から「花嫁」は除かれるようになった。花嫁さんは職業ではない、ということからなのだろう。
 たしかに花嫁は職業ではない。しかし、かつては「花嫁」さんになることは就職することと同じだった、と私は考えている。
 多くの女性が結婚を「永久就職」とかつて自ら言っていたことからもそれがわかろう。もちろんそれは冗談交じりで言う言葉だったが、私は本質をついていたと今でも思っている。婚家の家事・育児労働を担うことで嫁たる自分の衣食住費=労働報酬を得ていたと考えることもできるからである(農家や商家のように家業を持つ嫁の場合はそれに加えて家業の労働にも従事していたが、その場合には家業従事労働に対する報酬も含まれる)。つまり、嫁の衣食住費は家事・育児・自営業従事労働に対する現物報酬と考えることもできる。ということは、嫁になることは婚家の家事・育児・自営業従事労働者になることでもあるということになる。
 だから、結婚することは女性にとって相手の男性の家に家事・育児・自営業従事労働者として就職することだった。
 もちろん、婚家先に就職したわけではなく、その労働力に対して賃金は支払われてはおらず、厳密には賃金労働者とはいえない。たとえればそうも言えるというだけのことなのだが、それにしても当時の女性は自分の立場をよくもまあうまく表現したものだと思う。
 まあ、それはそれとして、このように結婚は女性にとっては本来の結婚と就職との二つの意味をもっていたのである。だから、結婚しないわけにはいかなかった。

 このごろはあまり使わなくなったが、かつて「主婦」という言葉がよく使われていた。結婚して家事育児に専念している(家業に従事していない)女性は主婦と呼ばれ、新聞記事に出るときなどは「会社員の○○さん」と並べて「主婦の△△さん」と書いたものだった。結婚して家にいる女性自身も何をしているかと聞かれると主婦と答え、アンケート調査などでは職業に主婦と答えたものだった。
 ところが、いつころだったろうか、主婦は職業ではない、間違いだということが話題となったことがあった。それからではなかろうか、主婦という言葉が見られなくなった。
 そうかもしれない。職業に主婦と書くのは正確に言えば間違いかもしれない。家事等の労働に対して外部から対価としての賃金が支払われていないので主婦は職業ではないのである。
 しかし、家族のだれよりも朝早く起きて夜も遅くまで家事や育児の労働に従事している、いわゆる主婦としての労働をしている。趣味でも遊びでもなく家族=自分以外の人間のためにも身体を動かしている、働いているのである。もう一方で、家族の食費をはじめとする生活費は夫から支払われている。そしてそのうちの一定部分は自分の生活費になっている。とすると自分の生活費の部分は主婦としての労働力の再生産費=労働の対価=賃金と考えることもできる。つまり主婦は主婦としての労働力の再生産費として賃金=生活費を得ているのだから、「主婦」を職業と答えても完全な誤りとはいえないことになる。
 と考えると、離婚はその主婦業からの首切りあるいは退職ということになる。しかし当時はめったに離婚がなかったので、女性が結婚を「永久就職」と呼ぶ、こういうことだったのではなかろうか。
 だからみんな結婚しようとした。行き遅れたら大変だった。後から続く大量の若い花嫁候補者に負けてしまうからだ。生きていくためにはよほどのことがなければ親の言うことを聞いて結婚するしかなかった。
 こうしてせっかく結婚=就職したとしても、離婚=首切りなどされたら大変、食っていけなくなる。生きていくためには夫の、舅姑の言うことに黙々としたがうより他なかった(その見返りに自分が姑になったら嫁いびりをするなどということもあったが)。

 一方、男性にとって結婚は家庭における家事・育児労働者の確保、雇用でもあった。かつての生産力水準、生活様式のもとでは、各種産業に雇用されながら、農工商等の家業に専従しながら、家事・育児労働をこなすなどは容易ではなかったからである。
 「家」にとっても結婚はそういう意味をもっていたが、加えて家系の存続のための出産の労働力の確保であった。

 その昔、「一人飯は食えないが、二人飯は食える」(注2)というようなことがよく言われたものだが、いうまでもなくこのことは独身よりも夫婦で暮らした方が経済的に得だということを意味しているが、家の内と外で分業して働きながらいっしょに生活した方が得だという意味も含まれていたのではなかろうか。それで結婚するのは当然のこと、しなければならないこととみんな受け止めていたのではなかろうか。

 ところが、近年になってこのような意味をもっていた結婚が少なくなり、晩婚化が進み、中高年の未婚者も増えてきた。農村部からそれが始まり、商家等の自営業者でもそれが問題となってきたのだが、都市部でも大きな問題となってきている。かつてのような隣近所、親戚、友人・知人の紹介でのお見合いなどが、都市における「隣は何をする人ぞ」の孤立化の進展、付き合いの希薄化のなかでなくなってきたこともその一因となっているのだろうが、そんななかで「合コン」、「婚活」なる言葉も現れ、結婚相談所やネットなどの利用も増えてきた。しかし、問題はさらに深刻化しつつあるようだ。
 なぜそんなことが起きているのか、農村部についてはすでに述べた(注3)ので省略するが、都市部については次のようなことが考えられる。

 まず、高度成長以降、家事における機械化・電化・化石燃料化・自動化・公共化・外部化が急速に進み、家事労働に要する労力と時間が大幅に減少してきたこと(注4)、それと対応するかのごとく商工業における女性労働力の雇用需要が増大してきたことがあげられる。若い男女ともに、家事労働にわずらわされることなく労働需要にこたえて働きながら暮らしていこうと思えば暮らしていけるようになったのである。
 米をといで電気釜に入れ、スイッチさえ押せば炊飯器で飯は焚け、ガスレンジ・電子レンジで簡単におかずをつくることができ、冷蔵庫で保存・買い置きはでき、インスタント食品もあり、中食・外食もできる。風呂・シャワーのお湯はひねれば出るし、掃除機・洗濯機は掃除・洗濯をやってくれ、裁縫や編み物などしなくともさまざまな衣服が簡単に手に入る。「主婦」なしでも、「主婦」にならなくとも生きていける。
 他方で、女性の働く場、就職の場は拡大している。長時間低賃金労働、非正規雇用等々いろいろ問題はあるが、働く女性の権利も強められつつある。女性の立場からいえば「永久就職」という面からの結婚など考えなくともよくなった。ということは、純粋に結婚を考えることができるようになったことを示す。このことは喜ばしいことだ。
 しかし問題は結婚した後の育児だ。保育所はあるが、不足している。長時間労働、通勤地獄の問題もある。また夫婦別姓がいまだにできないことも働く女性にとっては問題だ。
 ともかく今は何とか一人で食っていけるから、まあそのうち、男女ともそんなことを考えているうちに結婚が遅れる。さらには未婚のまま高齢化する。こんなことになっているのではなかろうか。
 当然そうなれば人口が減る。そして少子高齢化社会の到来などと騒がれるようになっている。

 ここまで書いてきて、ふと思い出したことがある。
 かつて保育所開設の要求が強まった頃に、教育勅語を信奉し、「君ニ忠ニ」を今の世でもまもるべきだと主張する保守派(ここではそれを「教育勅語」派と呼んでおこう)の政治家のなかにこんなことを主張した人がいたことだ。
 何で女がいつまても働いているのか、「女は家庭に入る」、「女は家庭をまもる」のが当然、それが日本の伝統的な醇風美俗、保育所などもってのほかだと。そして結婚したら家庭に入るのが当然、どうせ仕事は一時的な腰掛け、すぐ辞めるのだから賃金は低くあってしかるべき、こうして低賃金を押し付けてきた。
 しかし、人手不足が深刻化し、女性に働いてもらわないと企業が困る社会になってきた、企業には逆らえない、しかも女性の権利拡大の運動がある、そんななかでさすがに「女は家庭をまもれ」などという人は減ってきた。企業の要求に負けて「女は家庭をまもる」は醇風美俗から外したようである。

 醇風美俗に反するとしていまだに認めていない女性の要求は「夫婦別姓」だ。これだけは断固として認めない。夫婦別姓は日本の伝統である「家」制度という順風美俗をこわすものであるとしていまだにがんばっている。
 しかし、農家、商家というその「家」をこわしてきたのはだれだったのか。
 農林産物の輸入自由化を推進して農林業で食えなくし、大都市や巨大企業に労働力を流出させて農家を潰してきたのは誰だったのか。農業の企業化、企業の農業進出・農地所有の推進で「農家」を、家族経営をまもれるのか。
 規制緩和等々で大手のスーパー、チェーンストアやコンビニ等々の進出を容易にして商家、商人の「家」を破壊してきたのは誰だったのか。
 もう一ついえば、転勤、単身赴任、通勤地獄、長時間労働で家族関係を希薄化させ、彼らの聖書・教育勅語のいう「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ」をできなくさせ、家庭を崩壊させてきたのは誰なのか。
 それでよくもまあ夫婦別姓は家を崩壊させるなどと言えるものだ。

 これまで培ってきた年功序列、家族的温情的人間関係などの日本的な企業秩序(その善し悪しはここでは問わない)という日本の「伝統」を壊し、アメリカ型能力主義・業績主義を進め、過重労働、賃金切り下げを進め、家庭を崩壊させてきたのはだれなのか。それは自分たち「保守」を名乗ってきた教育勅語派の政治家ではなかったか。
 そうである、政治家こそ日本の良さを保守せず、「改革」と言う名で破壊してきたのである。

 戦前は過剰人口だ、満州移民だと言い、戦中は兵士不足だ、「産めよ増やせよ」と叫び、戦後はまた過剰人口だ、南米移民だ、産児制限だと言ってきた「教育勅語」を信奉する政治家の後継者は、今は結婚しろ、子どもを産め、人手不足だから外国人労働者を入れろとか言って大騒ぎしている。この近年の少子化と結婚問題についてはまた後で人口問題とのかかわりで深めてみることができればと考えている(生きていればの話だが)が、いやはや長く生きているといろいろなことがあるものだ。

 ということで、次回からはまた別の話題に移らせていただく。

(注)
1.14年1月20日掲載・本稿第六部「続・家事と花嫁修業」(2段落)参照
2.私はこう覚えたのだが、「一人口は食えないが、二人口は食える」、「一人扶持は食えないが、二人扶持は食える」という人もいる。
3.11年6月3日掲載・本稿第二部「三種の神器、格差の縮小、中流意識」(1段落)、
  11年6月6日掲載・本稿第二部「変わらない農村女性」、
  11年9月12日掲載・本稿第二部「嫁不足の深刻化」、
  11年9月14日掲載・本稿第二部「都市近郊農家の長男のかつての悩み」、
  11年9月16日掲載・本稿第二部「女性の意思を大事にしよう」、
  12年9月28日掲載・本稿第四部「どっこい『農家』は生きている」(1段落)参照
4.14年1月20日掲載・本稿第六部「家事と花嫁修業」参照

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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