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消え去りつつある天気俚諺



            お天気・思いつくまま(6)

          ☆消え去りつつある天気俚諺

 今から四半世紀も前、お盆で山形の生家に帰省していたときのことである。
 街のど真ん中になってしまった生家の前の道路で、私の末弟とまだ小学生だった姪と三人で雑談をしていたとき、突然ものすごい轟音をひびかせて低空を飛んで来る旅客機が現れ、頭上を飛び去って行った。約20㌔ほど北にある山形空港に着陸する態勢をとった飛行機である。
 あっという間に見えなくなったのだが、その間あわてて何かぶつぶつつぶやいていた姪が「ああ、間に合わなかった」と残念がっている。
 何のことか不思議に思って聞いてみた。その答えがおもしろかった。こういうことのようである。

 いつのころからか山形空港に着陸する飛行機が生家周辺の上空を飛ぶようになった。かなり低く飛び、本当に大きく見えるのだが、何しろ町の中、道路を挟んだ家々の屋根があるので、見えるのはほんの一瞬である。それが常態化したころからこんな話が子どもたちの間にひろがった、「飛行機が見えている間に願い事を唱えることができれば、その願い事は必ずかなう」というのである。姪もそれを聞き知っていたので今あわててやってみたのだが、願い事をすべて言う前に飛行機が見えなくなってしまった、それを残念がっていたのだと言うのである。

 驚いた、「流れ星が流れている間に願い事をすれば願いがかなう」という話は私たちも子どものころに聞かされており、何度かやったことはある(結局は願い事を言おうとしているうち、というよりどんなことを頼もうかを考えているうちに消えてしまって間に合わなかった)が、そのお願い先が「流れ星」から「飛行機」になっていたのである。
 山形の生家の地域以外でもこれが流行っているのかどうかわからない。でも、考えてみればこれは家々の少ない農村地域などでは成立しない。高い建物に囲まれていないので空を見上げれば遮られることなく飛んでいく飛行機をゆっくり見られ、十分に願いの言葉を言うことができるからだ。これでは誰でも願いがかなうことになってしまい、スリルも面白味もないのである。
 同様のことが空港から遠くて飛行機が高空を飛んでいる地域でもいうことができるので、こうした祈願の方法は成立しない。
だから、飛行機が低空を飛ぶ都市の住宅密集地の一部においてのみ成立するきわめて局地的なものとしか考えられないのだが、他の空港周辺の都市地域ではどうなのだろうか。こうした願い事、占いの方法が子どもたちの間でみられるのだろうか。

 それはそれとして、ともかく驚いた、祈りの対象が流れ星という自然から飛行機という近代的人工物になっているとは。これも『都市伝説』(「口承される噂話のうち、現代発祥のもので、根拠が曖昧・不明であるもの」大辞林)の一つなのだろうか。

 流れ星、これは神秘の匂いがする。天上の星の神を思わせる。だから何となく願いをかなえてくれそうな気がする。しかし飛行機となると俗界の人工的物体、こんなものが神のような力をもって願いをかなえてくれるかどうか、疑問に感じないのだろうか。わからない。
 それでも願い事をかなえたい、だけどすべてかなえられるわけではない、こういう浮き世のさだめがあるかぎり、何かに願いをかなえてもらうよう祈りたい。しかし流れ星に願おうにも、きらびやかな灯りや塵埃で汚れた空気で都市では流れ星はほとんど見られない。そこで流れ星と同じく空を飛ぶ物体、飛行機に代理を頼む。こういうことなのだろうか。そうだとすれば、今の子どもたちが何かかわいそうに思えてくる。

 私ももう何年流れ星を見ていないだろうか。私たちを取り巻く環境は本当に変わり、かつては町の中でも見られた流れ星はなかなか見られなくなった。流れ星を一度も見ることなしにこの世を去る、こういう日本人がこれから増えていくのだろうか。
 だから古くからの言い伝えなど聞いてもわからない、そもそも理解できない、だから使わない、こういう時代になってきているのではなかろうか。
 天気俚諺などもそうなのではなかろうか。

 それでも、夕焼けは巨大都市でも見ることができる。だからだろう、「いい夕焼けだなあ 明日は晴れだな」などと同僚と話しながら帰りを急ぐ勤め人を見かける。「夕焼けの次の日は晴」という天気俚諺は今でも生き延びているようだ。
 しかし、ビルの谷間に住む人たち、交通事故や悪い大人がいないかを気にして周囲に目を配りながら学校に通う子どもたち、ネオンサインや街灯等々の光の輝くようになった街を通勤する人たち、満員電車にゆられて窓の外を見ることもなく通勤通学する人々が多くなるに従って、お月様に虹がかかったり、お天道様が暈をかぶったりするのに気がつく人々が少なくなり、天気俚諺の話など話題にする人、知っている人が少なくなっていくのではなかろうか。

 50年代半ば、空襲の焼け跡のまだ残る仙台の街を仙台駅から見ると、菓子製造工場や造り酒屋、中小工場、ボイラー、銭湯などの煙突がぽつんぽつんと建っているのが見えたものだった。ものすごく寂しく見えた光景だったが、そのとき、そういえば街の中には煙突がたくさんあったんだっけと改めて気がついたものだった。
 山形の旧市街地を一望できる生家の田畑でしゃがむ作業している合間、立ち上がって一休みして市街地を眺める。すると平屋や二階建ての家々の屋根の上に神社の境内の高い木々と煙突が何本か突っ立っているのがよく見えたものだった。だから、煙突の煙がまっすぐに上るのも、横にたなびくのもよく見え、子どものころなどはそれを見て明日の天気を予測したものだった。
 しかし、その煙突も今は少なくなり、残ったとしても町の建物がビル等になって高くなったために見えなくなってしまい、煙で天気を予測するなどということもなくなり、子どもたちにその俚諺を伝えることができなくなってしまった。

 「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」、戦前戦後生まれのものは子どものころでもこの句は理解できたはずだ。昭和初期までは村はもちろん街も静かだったからだ。鐘の音も、遠くを走る列車の音もよく聞こえたものだった。この音の高低と周辺の空気から「遠くの音がよく聞こえると雨」などと言ったものだが、今はどうだろうか。道路を通る車の音を始めとする街の騒音、家の中のテレビの音、いつも耳につけているスマホのイヤホーンの音等々、さまざまな人工音に囲まれるようになり、音の遠近を肌で感じることもなくなってしまったのではなかろうか。

 「古池や 蛙飛び込む 水の音」、1960年以前は東京に住む子どもでもこの句を理解できたのではなかろうか。まだきれいな川が流れ、山手線の環状線外に出れば学校で教わる文部省唱歌の「春の小川は さらさら行く」音、カエルの鳴き声を聞くことができたからだ。田植えの後に聞こえてくる波の音のような何万匹のカエルの声に囲まれる稲作地帯に住む人々はもちろんのこと、日本に住むほとんどの人々にとってあの姿と鳴き声はなじみの深いもの、だから「アマガエルが鳴くと雨」はみんな知っていた。それが当たるかどうかは別にして。
 しかし、高度成長期以降の大都市圏の拡大、河川の汚染、稲作面積の減少等々のなかで、蛙の声は聞こえなくなってきた。テレビなどで見聞きはしているとは思うが、まともに鳴き声を聞いたことのない子どもたちが増えているのではなかろうか。

 「あっ、ツバメだ」、しばらくぶりで目の前をスイッと飛んでいくのを見かけ、「もうすぐ田植えだな(かつては六月初旬が田植えだった)」と感じ、姿がまったく見えなくなるともう秋かと何か寂しく感じる、ツバメは季節感を感じさせてくれる鳥だった。
 同時に雨の予報者でもあった。雨が近づくと虫が低く飛ぶ、それを捕まえるべくツバメも低く飛ぶ、だから「ツバメが低く飛ぶと雨が降る」という言い伝えは迷信でも間違いでもない、こんなことを子ども向けの本などで読んでなるほどと納得したものだったが、ツバメは害虫を食べてくれる益鳥であるとしてツバメに軒先や廊下に巣をつくらせる等、日本人の生活とは切っても切れない関係にあった。
 そのツバメが田畑や街の中をすいすいと飛び、電線に並んで止まっている姿 本当に見ることが少なくなった。ビルの建ち並ぶ街になって軒先がなくなり、巣をつくれなくなったからなのか、ゴキブリ以外虫も住まない(餌のない)街になったからなのか、よくわからない。
 都市部ばかりでなく農村部でも飛来数が減っているという話を聞いたことがあるが、どうしてなのだろうか。過疎化が進む中で巣作りをする家が少なくなってきたからなのだろうか。稲の作付面積の減少とツバメの飛来数の減少と相関がありそうだなとという話を聞いたことがあるが、単なる偶然の一致なのだろうか。「ツバメが低く飛ぶと雨が降る」、こんなことを教えてもツバメの姿を見たこともない、童話『幸福な王子』のツバメがなぜ死ななければならなかったかがよく理解できない、そんな日本の子どもは見たくないものだが。

 鼠取りから単なるペットに成り下がり(いや「成り上がり」というべきか)、冷暖房付きの部屋で季節感もなしに暮らすペット猫に堕落してしまった現代、当然のことなのだが、「猫が顔を洗うと雨」などいう天気予報者としての役割もなくなった。やがてこの俚諺は忘れ去られていくのだろう。

 下駄から靴の時代になって、天気の下駄占いなどもできなくなり、今の子どもたちはそんなことをまったくしらない。これも時代の変化、やむを得ないことなのだろうが。

 天気予報の精度が高まる、そうしたなかで天気俚諺は消えていく、これは世の進歩、それはそれでやむを得ないことだろう。しかし、地球温暖化などまさに人為的な環境悪化で天候俚諺が通用しなくなる、異常とも言える人口の都市集中で消滅していく、そして都市伝説などがスマホ等で人々の間を飛び交い、世の中がおかしくなっていく、こんなことでいいのだろうか。

 もちろん俚諺などなくとも天気予報が俚諺など比較にならないほど正確な情報を流してくれるのだからそれで問題はない。しかし、あそこに虹が出たから明日は晴れだとか、お月様にかさがかぶったから雨だとかこんな先祖の知恵を子どもにまた孫に伝えていく、こういうこともあっていいのではなかろうか。そして自然と親しみ、自然をまもっていく子どもたち、夢を持つ子どもたちを育てていく必要があるのではなかろうか。

 農村地域から人がいなくなり、家がなくなっていく。それと同時に、地域に昔から伝わっていた天気俚諺を始めさまざまな言い伝えが消えていく。天気俚諺だけではない、あそこは危険だから行くな、こういう予兆があればこういうことが起きる、ここでこういうことをやってはだめだ等々の地域独特の言い伝え、いつか役に立つかもしれない先祖の知恵もなくなっていく。
 本当にそれでいいのだろうか。せめてこうした各地の言い伝え、先祖の知恵を書き残しておく、それを国家的事業として研究者なども動員して全国的にやっていく必要があるのではなかろうか。それだけの歴史的価値があると思うし、いつか役にたつかもしれないからだ。それも早急にだ。知っているものがこれからどんどん少なくなっていくからだ。もう遅いかもしれないが。

 さて、本節の最初に述べた飛行機占いだが、もう一度最後に触れておきたい。
 あの占いが流行った頃以降の山形空港は、山形新幹線が便利になる、庄内空港ができる、仙台空港発着便が増えるなどで一時期閉鎖までうわさされるほど乗客が減少し、発着便も減少した(注)。そのために子どもたちがやっていた願い事占いなどはなかなかできなくなったと思われ、とっくに消滅してしまったのではなかろうか。姪は大学入学から山形を離れ、子どももいる年齢、聞いてももうわからないだろう。いや、もうこの占いのことなど忘れてしまっているかもしれない。

(注)
 2011年の大震災のとき、仙台空港、東北新幹線等々が長期間使えなくなったので山形空港が大活躍、増便に注ぐ増便、本当にこれで助かった(私たち夫婦も利用させてもらい、助けられたのだが、このことについてはまた別途述べたいと思っている)。
 このように何かのときに役立つこともあり、せっかくつくった空港でもあり、小さい空港も大事にしていく必要がある、こんなことを当時考えさせられたものだった。 
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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