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雨と童謡



            お天気・思いつくまま(7)

               ☆雨と童謡

 天候のかかわりで言われた俚諺にこんなのがあった。
 「お赤飯さ お汁をかけて食うと むかさり(=結婚式)のとき 雨降る」
 私の子どもの頃よく言われたものだった(注1)が、行儀の悪いことをするなということから言ったのか、こうするとうまくて食が進むので餅米や味噌が減ると困るということから言ったのか、よくわからない。いずれにせよこの俚諺は結婚式に雨は歓迎されないということが前提となっている。雨が降ったら花嫁行列は大変だし、式に出席する人も大変、しかも結婚式は「ハレ(=折り目・節目)」(注2)の日、とすればやはり発音通りの「晴れの日」になってもらいたい、そこで「雨が降る」という言葉でおどかしたのだろう。ましてや子どもは雨の日があまり好きではないから納得するはずだからである。私も雨の日はあまり好きではなかった。

 そういえば、雨の日が好きではないことを唄った『雨』という童謡(注3)があった。
  「雨が降ります 雨が降る
   遊びにいきたし 傘はなし
   紅緒のかんこも 緒が切れた」
 私たちの小さい頃は女の子がよく歌っていたものだが、もう何年この唄を聞いていないだろうか。私の子どもが生まれた頃の60年代までは歌われていたような気がするのだが、今はまったく歌われていないのではなかろうか。
 それはそうだろう、今の子どもたちにはまず歌詞の言葉がよくわからないだろうからだ。
 たとえば「かんこ」だ。その昔、下駄のことを幼児言葉で「かんこ」とか「かっこ」とか言っていたのだが、今はまったく使われていない。そもそも日常生活で下駄などはかなくなっているし、子どものころはいたこともないという子どもがほとんどなのではなろうか。紅緒の下駄くらい見たことはあるだろうが、まったく実感がわかない、歌の意味がわからない、これではだれも歌う気になれない、歌わなくなるのは当然のことである。
 もう少しいえば、「傘はなし」といってもわからないのではなかろうか。使い捨て傘すらある時代、傘のない家など考えられないからだ。
 それはそうかもしれないが、雨が降れば外で遊べないという不満はわかるだろう、そしたらこの歌の意味も理解できるだろう、そう思いたくもなるが、今の子どもはとくに外に遊びに行きたくもなし、行っても友だちは塾やお稽古事通いでいっしょに遊ぶことはできず、たとえ友だちがいてもいじめなどにあったら大変、それに交通事故や誘拐などにあっても困る、それなら家にいた方がいい。昔のように(たとえばこの歌の二番目の歌詞にあるように)「千代紙折りましょ 畳みましょ」で一人でしょんぼり遊ぶしかない時代ではもはやなく、まったく退屈させない(というより始めたらやめられなくなるくらいに面白い)スマホやテレビゲームで遊ぶことができる。雨が降って外で遊べなくとも一向に困らない。
 となると、当然こういう歌は歌われなくなり、廃れていく。まあこれも時代の流れ、やむを得ないとは思うが、「『子どもは風の子』、外で元気に遊びなさい」と言われていた時代と今の時代、どっちが正常なのだろうか。

 私たちの子ども時代はみんな晴れを望んだものだつた。外で遊べるからだ。おもちゃや本の少ない時代、千代紙にしてもめったに買えず、テレビはなく、ラジオはあったとしてもNHK第一放送のみ、放送時間も限られており、子ども番組など本当に少ない(アニメなどまったくない)ので、家では退屈してしまう。
 これに対して外には友だちがいる、遊び道具はなくともみんなで工夫して遊べる。だから外で遊びたかった。雨が降らないでほしかった。外で遊ぶ約束などしてたらましてやだった。

 そこで歌われるのが『てるてる坊主』の歌(注4)だ。
 「てるてる坊主 てる坊主
  あした天気に しておくれ
  いつかの夢の 空のよに
  晴れたら金の 鈴あげよ」
 それにしてもその三番の歌詞はすごい。
 「てるてる坊主 てる坊主
  あした天気に しておくれ
  それでも曇って 泣いてたら
  そなたの首を チョンと切るぞ」
 今考えて見ると残酷な歌詞、でも当時はとくに何も感じなかった。平気で虫の首を切って遊んでいた子ども時代だったこともあるが、それより何より外で楽しく遊びたかったからである。約束などあればましてやだった。

 ところが何と、雨を喜ぶ唄もあった。
 「あめあめ ふれふれ かあさんが
  じゃのめで おむかい うれしいな
  ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」
 この『あめふり』という歌(注5)、曲も明るく、調子もいい。最後の節の擬音語(?)のピッチ、チャップ、ラン、そのくり返しもいい。お母さんが迎えに来てくれる、うれしい、二人で傘をさして歩く、楽しい。きらいな雨も好きになりそうな歌だった。
 ところで、私の場合はどうだったか。低学年のころは祖母が迎えにきてくれたこともあった(母は田畑に行っている、迎えがほしいくらいだから来られるわけはない)が、高学年のころはまったく迎えに来なくなった。降りそうだったら傘を持たされる、突然降ったら友だちの傘に入れてもらう、さもなければ走ってずぶ濡れになって帰るしかなかった。それでも、いやそれだからこそだったかもしれない、羨望の念からだったかもしれない、ともかくこの歌が好きだった。あこがれだったのだろう。私ばかりではなかったろう、他の子もほとんどがそうだったのではなかろうか。

 今はどうなのだろう、この歌は歌われているのだろうか。もう何十年も聞いていないのだが。だいたいこの歌詞がわかるだろうか、たとえば「じゃのめ」だ。「じゃのめで おむかい」、何のことかわかるだろうか。今時蛇の目傘などさしている人はいないし、見たことも聞いたこともない人も多く(もしかしてテレビドラマなどで見たことがある子もいるかもしれないが)、私たちのような親しみなど感じないのではなかろうか。
 この歌は蛇の目傘の時代、車社会でない時代、お母さんが専業主婦で家にいる時代の都市の唄、もう時代遅れでしかなくなったのだ。
 まさに「うたは世につれ、世はうたにつれ」、歌われなくなるのもしかたのないことなのだろう。

 もう一つ、雨が出てくる童謡に『雨降りお月さん』がある。この歌についてはかなり前に本稿で論じているが(注1)、これは雨が降ろうとも、傘がなくて濡れてでも一人でお馬に乗ってお嫁に行くという当時としては珍しい歌である(と私は考えているのだが)。とはいうものの、やはり雨は降らない方がいい、これがこの歌詞の背景にある。
 それはそれとして、もうこの歌も歌われなくなった。結婚、女性の地位ををめぐる状況は大きく変わり、お馬に揺られていく時代でもなくなったのだから、これもしかたのないことなのだが。それでもやはり寂しい。
 私の記憶では雨にかかわることを歌った童謡はこの四つしかないのだが、どうなのだろうか。やはり雨はちょっと暗い雰囲気なので、童謡にはなじまなかったのだろうか。

 それでは戦後はどうか、と思って考えてみたが、思い出せない。というよりも知らないといった方がいいのだろう。戦後はNHKラジオの「歌のおばさん」からはじまり、やがてテレビの時代、民放も含めてたくさんの子ども向け番組、アニメ漫画番組等々でさまざまな子ども向けの歌を出しているのだが、あまりにもたくさんあって私の知らない歌もあまたあるのでそのなかにはあるのかもしれないのだが。
 ただ、「棒が一本あったとさ」からはじまるお絵描き歌の『かわいいコックさん』のなかに「6月6日にあめザァーザァーふってきて」という歌詞があることは知っている。これは1964年頃にNHKの『うたのえほん』で歌われて全国的に有名になったもので、それはちょうど私の子どもが幼いころ、さらにその後孫にもまた歌って書いてやったので印象に残っている。なお、これは東京で歌われていた作詞・作曲者不詳のわらべうたとのことでいわゆる童謡といえるのかどうか疑問になるが(注6)。

 こんなことを考えていたら、ふと思い出したことがある。
 学校帰りの子どもたちが数人私の家の前をおしゃべりしながら通ることがあり(私はその声を聞くのが好きなのだが)、たまにみんなで歌いながら帰るときもある。そのなかにこういう雨に関わる歌詞があった。
  「シトシトピッチャン シトピッチャン」(注7)、
  「雨 雨 降れ降れ もっと降れ」(注8)
 ちょうどこの歌が流行っていたころのことだからこの二つの時期はかなり違うのだが、ともに「雨」との関連で子どもたちがこの歌を歌っていたわけではなかったようである。このフレーズだけ歌っていたことからもそれがわかる。前者はシトピッチャンという言葉の響き(コマーシャルソングにも使われていた)、後者は歌手の八代亜紀の手のひらを天に向ける振り付け、これが子どもたちの気をひいたから歌っていたのだろう。
 まあ、子どもとはそんなもの、これからもそうなのだろう。そしてやがては自然現象が子どもの歌から消えていくなどということになるのだろうか。まさかそんなことはない、私の勉強不足なだけだとは思いたいのだが、何かさびしく感じる。

 いうまでもないことだが、時代は変わっている。考えて見たら、本節の最初に紹介した『雨』という童謡ができてからもう100年も経っているのだ。変わるのは当たり前なのだが、精密な天気予報の存在、雨具の変化、屋内の遊びの変化、都市の肥大化と農山村の衰退等々で雨に対する考え方も変わっている。音楽をめぐる状況も激変している。もう子ども向けの雨の歌など作る方も聞く方もいなくなっているのかもしれない。でも本当にそれでいいのだろうか。

 雨上がりの午後、西の空からまぶしい日光が照りつける。道ばたには水たまりが残り、草木の葉はまだ濡れている。東の空を見ると山の上の方にはまだうっすらと雲が残っている。西日を受けたその麓から太い虹が空に立ち上る。そのきれいさに心を奪われながらふと思い出す、「虹の根元には宝物が埋まっている」という言葉だ。誰かから教わったのか、本で読んだことなのか覚えていないが、その根元に行ってみたい、宝物を見つけたい。
 でも思い出す、その後に次のような言葉が続いていることを、「虹が消えないうちに掘らないと宝物は消えてしまう」。あの距離では走って行っても間に合わない、あきらめるよりほかない。がっかりしながら、消えゆく虹を見つめる。
 こんなことが何回あったろうか。今でも虹を見るとそのことを思い出すのだが、今の子どもたち、とくに大都会の子どもたちはどうなのだろうか、そもそもこの言葉を知っているだろうか。雨上がりの虹を見たことがあるだろうか。
 虹の根元に行って宝を見つけたい、子どもたちにこんな夢を見させることもあっていいと思うのだが。
(次回は9月23日掲載とさせていただく)

(注)
1.10年12月20日掲載・本稿第一部「花嫁の涙」参照。
2.「ハレ」に対応する言葉は「ケ」=「日常・普通」と言われている。
3.作詞:北原白秋、作曲:弘田龍太郎、1919(大8)年。
4.作詞:浅原鏡村、作曲:中山晋平、1921(大10)年。
5.作詞:北原白秋、作曲:中山晋平、1925(大14)年。
6.最近この歌を聞かなくなったのだが、なぜなのか、子どもたちがこういうお絵描きなどに関心を持たなくなったからなのかなどと思っていたら、差別問題で歌うのが自粛されるようになったからのようである。

7.『子連れ狼』、作詩:小池一雄、作曲:吉田正、1973(昭48)年。
  このなかのシトシトピッチャンシトピッチャンのフレーズはインスタントラーメンのテレビコマーシャルソングにも使われた。このフレーズの後に続く「ちゃん」、「三分待つのだぞ」という親子の会話が大ヒットしたものだった。
8.『雨の慕情』、歌:八代亜紀、作詞:阿久悠、作曲:浜圭介、1980(昭55)年。

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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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