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子どもの詩った電気のない暮らし


          「日本で一番最後に電灯のついた村」にまつわる話(1)

 本稿を一冊の書籍の分量程度に第一部、第二部と分けてブログで公表してきたが、それがもう十部にもなり、その第十部ももう最後に近い。よくもまあここまで書いたものだが、それはそれとして、その第一部の最初のところで岩手県の山村・葛巻町の話をした(注1)。それ以来葛巻町には東北山村の一事例として何度も本稿に登場してもらった。
 若い頃調査した山村のなかで強烈な印象を受けた地域の一つだったこと、私の教え子で農経研究者のNK君がたまたまこの葛巻町の出身であったこと、葛巻町を始めとする北上山地と他の地域との社会的経済的格差がかつてきわめて激しかったこと等々からである。とりわけ、葛巻町が「日本で一番最後に電灯の点いた村」として報じられていた(注2)ことが私の胸に刺さっていた。
 そんなこともあって、同じく私の教え子で農経研究者のST君(NK君とともに本稿に何度も登場してもらっている)とともに、葛巻町を中心とする北上山地の諸問題をさまざまな側面から本稿で取り上げて論じてきた。その一端を本稿のいくつかの箇所で紹介してきたのだが、昨年の暮れにST君が葛巻の電灯にかかわる貴重な文献を見つけてきてくれた。
 それをもとに、改めて三人で山村の地域格差について論じたのだが、その結果を昨年暮れの『コラムJAcom農業協同組合新聞』に連載させてもらった(注3)。本稿の読者のなかには読まれた方もあるかもしれないが、重複はするけれど、これまでの経過からしてやはりそれは本稿にきちんと書いて一定の決着をつけておく必要があろう(もちろんこれからも葛巻を始めとする北上山地のことについて述べることは多々あろうが)。
 そんなことからここに掲載させてもらうことにする(注4)。ただし、コラムJAcomに書いたのとまったく同じではなく、内容は若干変わっており、文体や体裁は本稿の方式にあわせてある。これもご了解願いたい。

            ☆子どもの詩った電気のない暮らし

 日本で一番最後に電灯がついた村の話を知ったのはかなり古いのだが、それを再確認したのは数年前のことだった。NK君が持ってきて見せてくれた『日本 映像の20世紀 岩手県』(NHK制作)というビデオのなかにそのニュースが出ていたのである。
 農村の電化・交通の立ち遅れは知っていたが、その最後が東北であり、しかもNK君の出身地の岩手県葛巻町にあった(彼の生家のある集落には昭和初期に電気が来ていたとのことだが)ことを知って改めてショックを受けた。NK君はさらに大きなショックをすでに受けていたのだが。私といっしょにそのビデオを見たST君も同様だったようである。
 そのST君が先日たまたま岩手のある図書館に入ったとき『東北の電気物語』(注5)という古い本を見つけた。私たちの話題としていた東北の山村の電気のことが書いてないかとパラパラとめくってみた。そしたら次のような子どもの詩があった。

   「夜になると おもせぐねえ
   ランプがないので
   木のねっこ ほどさ入れる
   まっくれえ けむり出して
   ほこほこもえる
   そばにいって 本を見るど
   すぐ まなぐ えずぐなる
   夜になれば
   ままくって ねるばかりだ
   電気のつぐのあ えずだんべ」
 
 1955(昭30)年岩手教員組合発行『開拓の子ら』に掲載された葛巻町毛頭沢(けとのさわ)分校(注6)五年生の二葉石蔵君の詩を引用したものとのことだが、ST君はすぐにこれを私とNK君にメールしてくれた。
 いい詩である、いろりとそのまわりの情景が目に浮かぶ。
 苦しい詩である、気持ちは本当によくわかる。私は読みながら思わず涙ぐんでしまった。
 
 ST君は続けて言う、いい詩だと思うのだがわからない言葉もある、標準語に翻訳してくれないかと。
 たしかに山陰地方出身の彼にはわからないところもあろう。そこで私なりに翻訳してみた。もちろん同じ東北でも岩手山間部と私の生まれ育った山形とはかなり違うが、似ているところが多々あるし、東北の各地を農家調査等で歩いているので意味はわかるようにもなっているので、何とかできる。
 とは言っても、どう翻訳していいか難しい言葉もある。
 たとえば『ほど』という言葉だ。これは前に岩手県遠野の古老に聞いたことがあるが、「囲炉裏の中心にある火を燃やすくぼんだ灰のところ」とのことである。そういえば幼いころ祖父母がその言葉を使っていたようなうっすらとした記憶があるのだが、古語では「ほど」を「火床」と書いて読ませていたとのことである。しかし、「ほど」のこの意味をそのまま訳語として使えば文が長くなって詩の形態をなさなくなる。それではと「ほど」をわかりやすく「いろり」とだけ翻訳すれば「木の根っこをいろりに入れる」とだけなってしまい、燃やすために入れるというニュアンスが出てこない。そしたらこの『入れる』を「くべる」(=燃やすために入れる)と意訳したらどうだろうか(注7。)。そうすると『ほど』は「いろり」と翻訳していいことになる。
 と思うのだが、考えてみると、まともに木を燃やすなどしたことのない若い世代は「くべる」という言葉をそもそも知っているのか疑問である。そうなればやはり原文通り「入れる」でいいのかもしれない。迷うところである。でも、「くべる」という言葉を死語にはさせたくない。覚えてほしい。それでここではやっぱり「くべる」にさせてもらった。
 それからもう一つ、この詩のなかでもっともポイントとなるいい言葉でしかも翻訳の難しい言葉は『えずぐなる』だ。「えずい」という言葉は宮城県にもある(「いずい」という地域もある、いい言葉だと思っていたのだが、岩手・葛巻にもあるとは知らなかった)が、これにうまく対応するような言葉は共通語にはない(と思うのだが)。宮城ではちょっと具合悪い・ちょっと邪魔になる・ちょっとあわない等々のような意味で、その「ちょっと」がポイントのようである。そうなるとここの場合は「煙がまなぐ(=まなこ=目)に沁みて(木の根っこは燃えにくくてよく煙が出るので目に沁みるのである)、しかもそんなに明るくないので、ちょっと目が痛くなる、それで本を見るのが辛くなる」というようなことになるのではないだろうか。そうなると、煙が沁みてしかも暗くて『すぐ目が 渋くなる』というように翻訳したらいいのではなかろうか。「目が渋い」といういい表現が東北にあるからである。
 ところで、NK君は最初の『おもせぐね』(私の生まれた山形では「おもしぇぐね」と言う)を「つまらない」と翻訳したらいいのではないかという。たしかに「つまらない」は意味としてはぴったりだとは思う。しかし、地域の言葉独特のリズムと抑揚、地域でしか言い表せない表現を活かすということから考えると、やっぱり「おもせぐね」の語感を活かし、「おもしろくない」にした方がいいと考える。
 そういう語感ということからすると、『まなぐ』も「まなこ」という共通語を使った方がいいのではないかと言われるかもしれない。私もそう思う、子どもの頃の私も目のことを「まなご」とも言ってきた。しかし、今の若い人たちの間では「まなこ」はもはや死語となっているのではなかろうか。そして意味もわからなくなっているかもしれない。そこでやむを得ず『目』にさせてもらった。
 ということで、葛巻の言葉のニュアンスや二葉君の言いたいことを崩さないように注意しながら、次のように翻訳してみた。

  「夜になると おもしろくない

   ランプがないので
   木の根っこ いろりにくべる
 
   真っ黒い 煙を出して
   ほこほこ燃える
   そばにいって 本を見ると
   すぐ 目が 渋くなる

   夜になれば
   ご飯食って 寝るだけだ

   電気のつくのは いつだろう」

 これをST君にメールしたところ、「おおむね意味が理解できた、標準語では十分に表現できない本当にいい地域の言葉を使っている詩だということがよくわかった」とのことだった。
 続けてもう一つ、この詩に関する質問がST君から私にあったのだが、これについては次回述べることにする。

(注)
1.10年12月6日掲載・第一部「米を食べられない村」参照。
2.11年3月29日掲載・第一部「地域格差是正の進展」(1段落)参照。
3.www.jacom.or.jp/column/ 酒井惇一「昔の農村・今の世の中」、2018年11.月29日、12月6・13・20・27日、19年1月10日掲載記事。
4.前にも述べたように重複掲載の了解はとってある。
5.東北電力発行、1988年。
6.NK君によると、本校は冬部小学校だそうである。
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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