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一番最後に電灯がついた「村」は?



         「日本で一番最後に電灯のついた村」にまつわる話(5)

             ☆一番最後に電灯がついた「村」は?

 1952(昭27)年に制定された『農山漁村電気導入促進法』(注1)によって未点灯地域への国や県の助成がなされるようになり、さらに農林漁業金融公庫の融資なども行われるようになった。それを利活用して未点灯地域の存在する農協や漁協、森林組合などが事業主体(岩手県では農協がその7割を占めたという)となり、電気の導入に取り組むことになるのだが、これは容易ではなかった。
 自然的条件の厳しい農耕地での雑穀生産や炭焼きを主体としていた当時の北上山地の農家にとって自己負担金(しかも山間地域であることからして配電線の延長工事に必要な資金は高額になりやすい)を支払うのは容易ではなかったからである。
 それならその資金を農協が農家に融資してやればいい。ところが当時の農協はきわめて弱体、負債を抱えて倒産寸前の農協すらあった(全国的にそうだったのだが、ましてや山間部ではそうだった)。そうした農協を支えるべく農林中金を含む系統組織あげて取り組む一方、未点灯地域の農家が配電資材の運搬作業に労力奉仕をしたり、電柱等の資材を地元で生産して提供したりして資金を稼いで電気をひこうとしたという。
 こうしたなかで岩手県葛巻町の毛頭沢(けとのさわ)集落にも電灯が点いた。1962年には葛巻町のある地域の農家が電灯のスイッチを入れて家の中が明るく照らされるのを家族みんなで喜ぶ姿をNHKテレビが映し、日本で一番「最後に電気がついた村」と報道されるにいたるように日本では未点灯地域がなくなった。

 と思っていたのだが、前に紹介した西野寿章氏の研究論文によれば、岩手県の電化は「1968年8月の山形村の全村電化で、完了したものと考えられる」(注2)とのことである。
 山形村(現・久慈市)は葛巻町の隣村なのだが、こちらの方が正しいのかもしれない、などと考えているときに、この点灯問題をいっしょに議論してきた前出のST君が『東北の電気物語〈灯りがついた〉岩手編』というビデオを偶然図書館で発見したとのこと、早速これまた前出のNK君と連絡をとり、ある機会にいっしょに見てみた。
 そのなかでとくに関心をひいたのは、岩手で最後に電灯がともったのは,川井村(現宮古市)タイマグラで1988(昭63)年のことだということだった。川井村は葛巻町の南隣りにあり、盛岡から宮古まで走るJR山田線がその中央を横断する広大な村、私にとっては若いころに調査した思い出の地なのだが、その南側・早池峰山麓にあるタイマグラ地域の4戸の点灯が岩手の最後(ということは日本で最後ということになるはずなのだが)というのである。
 しかしこのタイマグラは開拓地であり、既存集落ではない。既存集落ということでいえば、やはり日本のチベットと言われた北上山地、そのなかの葛巻町か山形村のいずれかの1960年代末が最後ということになろう。

 ところで、葛巻町と山形村は隣接し、ともに農家(=名子)は巨大山林地主(=地頭・旦那様)の所有する農地・宅地や林野、家畜を借りて労働力で地代を支払う等々のきわめて古い地主制である地頭名子制度(労働地代段階、農奴制段階にある地主制)のもとでの雑穀と薪炭の生産、牛馬飼育を中心にして貧困のどん底で生活してきた(注3)。当然電気などひく余裕などなかった。そしたら資金力のある巨大山林地主が自分の屋敷に電気を引き、ついでに近隣の農家にも利用できるようにしてやればいい。とくに山形村の場合は2千㌶以上(実質はその何倍もあると言われている)の山林を所有する3人の地主がおり、やれるだけの資力は十二分にあるはずである。しかしなぜかそうはしなかった。
 一方農家の方は、戦後の農地改革で農地は農家のものになったが林野は解放されず、農家の貧困は変わりなく、自らの力で電気を通すことなどなかなかできない。こうしたことで点灯が遅れ、やがて農地改革等の戦後民主化の成果による農家の一定の収入増加と農協等の力とで電気を通したと思うのだが、よくわからない。

 岩手県葛巻町と山形村のどちらが日本で最後に点灯した村だったのか、葛巻出身のNK君はやはり葛巻が電化の最後であってほしいのか、それとも最後ではなかったと喜びたいのかなどとST君はNK君を冷やかすのだが、この点灯問題、地域格差問題について戦前戦後を知らない若い(といってももう中堅の学者なのだが)ST君とNK君はどう感じただろうか。

 ST君の感想はこうだった。
 「電気の点灯で印象に深く残っているのはNHKの『おしん』で、彼女の奉公先の山形県酒田で電灯が初めて点くシーンだった。これは明治40年代の話、それから60年も過ぎて銀座でネオンが派手に点灯する高度経済成長の時代に岩手の葛巻で電気がやっと灯りはじめ、またバス路線が開通して住民が日の丸の旗を振って歓喜するシーン、これを同じNHKの番組で見て、東北の著しい地域間格差を改めて強く感じた。
 しかし、ある政治家が10年ほど前に『島根と鳥取は日本のチベット』と発言していたことをつい最近知り、島根県出身の私には大変なショックだった。この発言は農山村に対する偏見、勉強不足から来ているものと思われるが、中国山地の経済や農業の発展及びその地域格差についても今後調べていきたいと思っている。」

 一方、出身地の岩手・葛巻のことを話題にされたNK君はこう語る。
 「私が物心ついた時には葛巻全域に電気が通っていたし、カラーテレビが導入されていた。しかし、ブラウン管の中では、『方言』を話す人は常に『田舎者』として笑われるポジションにおかれていた。その構図を疑いもなく受け入れてしまい、自分自身が格差を設けてしまったように思う。『大都会』盛岡に行くと、すれ違う人、立ち寄ったお店の人と目を合わせられなかった。何となく笑われているような気がしたからだ。この『心の格差』を克服するのにずいぶんと時間がかかったように思う。
 都市と農村の関係はいまだに対等になっていないと感じている。タレントが『田舎』を突撃訪問してごちそうになったり、あげくの果てに泊まらせてもらったりする番組をみる時がそうだった。何となく地方を馬鹿にしているように感じてしまうのは、私のひがみなのだろうか。」

 日本に無点灯のむらがなくなってから、葛巻の小中学校が整備されてから、もう60年にもなる。それからの高度成長のなかで道路は整備され、いろいろな施設や建物が整備され、さらに酪農や工芸作物が導入される等々、さまざまな面から地域格差解消の努力が積み重ねられてきた。そして多くの成果をあげてきた。葛巻町の場合でいえば前にも述べたように「ミルクとワインとクリーンエネルギーのまち」として知られるまでになっている(注4)。
 しかしもう一方で、1960年代後半から本格的に展開される農林産物の輸入、石油依存は、山間部で生きていく基盤を掘り崩し、農山村の過疎化を引き起こし、それと対応して都市は過密問題を抱えるようになってきた。このことについてはこれまでも何度も触れているので説明の必要もないと思うが、ようやく整備された道路を通って若者は大都市に出ていき、年寄りもやがていなくなり、集落の電灯の光がぽつりぽつりと消え、昔の無点灯集落に戻りつつある、それにともない農地が林野が荒れていきつつある。
 こうした状況は全国各地の農山漁村で起きている。それに対応して地方の中小の市や町もさびれ、かつての盛り場の電灯は消えていく。
 それとともに各地の豊かな言語=地域語が、地域の文化が、歴史が消えていく。

 一方、「大東京」は、真夜中まで電車の灯りが動き回り、まばゆいばかりの色彩のネオン=原発の光が輝く盛り場の道を若者がハロウィーンと称して仮装して狂ったように歩き回る。「仮装をして街中を練り歩く東京のハロウィンはクレイジーだから」と外国人も多数集まるとのこと、そしてゴミをまき散らし、環境をさらに悪化させる。これも国際化として喜んでいいのだろうか。
 国際化に対応していかなければと英語を小学生から学ばせ、国語=共通語で学ぶ時間は減らされていく。地域語どころか日本の共通語すらやがては消えてしまうのだろうか。他方では、愛国心を唱えながらである。
 何かおかしくはないか。やはり日本は「クレイジー」なのだろうか。
 こんなことを言って嘆くのは時代遅れ、これも年をとったせいなのだろうか。

(注)
1.前々回(19年10月28日)掲載本稿記事(8段落)参照
2.西野寿章「戦後の岩手県における山村地域の電化過程についての覚え書き」、『地域政策研究』(高崎経済大学地域政策学会)、203頁
3.11年2月24日掲載・本稿第一部「農地改革と岩手の山村」、
  13年3月7日掲載・本稿第五部「地頭・雇い・名子」参照
4.13年3月11日掲載・本稿第五部「雑穀作から酪農へ、そして今は」参照
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プロフィール

酒井惇一

Author:酒井惇一
元・東北大学農学部教授
元・東京農業大学生物産業学部教授
現・東北大学名誉教授

 本稿は、昭和初期から現在までの4分の3世紀にわたる東北の農業・農村の変化の過程を、私が農家の子どもとして体験し、考えたこと、また農業経営研究者となってからの調査研究で見、聞き、感じたことを中心に、記録したものである。

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